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真 っ 赤 な セ ー タ ー

この頃なぜか、鮮やかな色のものを身につけたくなって
赤やピンク、黄色といったものについ目が行ってしまう。

そのくせ小心者だからいきなり派手な色の
ジャケットやコートを着るまでの勇気はなく、
真っ赤なストールをくるくる巻いてみたりするのがせいぜいといったところ。
それだけでも初めて身につけた時は思い切ったことをしてしまった!と
内心ドキドキとムズムズが入り混じってどうも落ち着かなかった。

けど楽しい。

今どきの言葉で言うなら「気分が上がる」。
それまではモノトーンのものばかり着ていたというのに、
心境の変化は40歳の扉を開いたからかもしれない。


coffee
今はもう無いお店だけれど、東京のとある町に「寄港地」という喫茶店があった。
トイレには贅沢に飾られたカサブランカが芳香剤の代わり。
カップはマスターが少しずつ買い集めたものでひとつひとつ違うものだったけれど、
磁器の華奢なものが多くて雰囲気はどこか似ていた。

マスターは当時、いくつくらいだったろう?70歳を超えたくらいだったか。
真っ白な白髪に身綺麗な着こなし。
江戸っ子気質の喋り方は口が悪く聞こえてもやさしかった。

「いらっしゃーい」

お店の暖簾をくぐると聞こえるマスターの声。
席についてあれこれ喋っているうちに
コーヒーがあっという間に運ばれてくる。
マスターが選んでくれるカップに入ったコーヒーは
香りが高くて熱々で・・・あんなコーヒーがいれられたらと
何度も練習してみたけれど、同じようにはいかなかった。

 

いつのクリスマスだったか、友人を集めて寄港地で
マスターを交えてクリスマスパーティーをしたことがある。
食べ物は持ち寄りで、プレゼントは1000円以内といった
子供会のようなパーティーを。
飾り付けまで本気で準備していた私たち以上に、
マスターもその日はなんだか張り切っていた。

暖簾をくぐると「いらっしゃーい」の声とともに
現れたのは真っ赤なセーターを着たマスター。

coffee
白髪に鮮やかな赤がなんと映えること。

 

「ちょっと大きいんだけどねぇ」
と言って袖口を何度か折って着ていたけれど、
町でサンタの衣装を着ている人よりも、
赤のダッフルコートを着たかわいい女の子よりも
あのときのマスターは誰よりも赤が似合っていた。

マスターはその日も最後にいつもと変わらない
美味しいコーヒーをみんなにいれてくれた。
マスターからのクリスマスプレゼント。
記憶の中の味は熟成するように
あれからどんどん美味しくなってしまって
きっといつまでも同じようにはいれられないように思う。

 

赤いセーターくらいなら。
coffee

マスターのコーヒーの味を出そうと思うほど気負わずに、
ドギマギを楽しめる今ならさらりと着られるような気がする。

 

 

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