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ビ ッ カ と ガ ロ ッ ト

ドタバタと一年を過ごしているうちに
気がつけば今年も残りわずか。
「あぁこんな時は温泉にでも行きたいなぁ。
いやいや、いっそのこと海外へ…」
年末年始を海外で過ごすという友人知人から話を聞くと
なおさら旅心がくすぐられる。

逃避癖が顔をのぞかせているからか、
最近になって以前に訪れた旅先の出来事を
ふと思い出すことがある。
何かの拍子に記憶の泡がぷちんぷちんと浮かんでははじける。
それらは案外、覚えていたということも自覚がないくらいの
小さなことばかりで自分でもハッとしたりする。

つい先日も旅から帰って来たばかりの友人の話を
聞いていたら、数年前に訪れたポルトガルのことを思い出した。
なーんにも無い長距離バスの停留所。
小型飛行機が飛び立ちそうなのっぺらとした場所で
低いフェンスの向こうには芝生のような雑草が青々と茂り、
白い小さな花がたくさん咲いていた。
ぶつかりそうなものなんか何も無い広い青空には
ひばりのような小鳥がチチチと飛んでいて。
ごろんとそこで仰向けに寝転びたいくらい平和な場所だったのに
無性に寂しく、不安を感じたのはなぜだったのか?
口に出したら気のせいに思っていることが現実になってしまいそうで
そのときは友人にも言わなかったけれど
あの心許ない感覚がなんだったのかはいまだにわからない。
停留所の名前は「parasoa」
たぶん楽園という意味だと思う。
あそこが楽園だったら私は不安でたまらなくなってしまうだろう。
果てしなく平和な風景だったのだけど。
旅の行程の中ではほんの通過地点での出来事で
自分でも今なぜ思い出したのか不思議に思う。
逃避の成せる業なのか?

coffee

そういえばポルトガルにはスタンドカフェが街々にたくさんあって
散策の途中でカフェのハシゴをしていた。
私たちがカフェのハシゴができたのは「ビッカ」や
「ガロット」と呼ばれる小さなサイズのコーヒーがあったからだ。
「ビッカ」はいわゆるコーヒーで、エスプレッソサイズのカップに入ったもの。
同じサイズでたっぷりのミルクにコーヒーが入った
ミルクコーヒーのようなものはガロットと呼ばれる。
確か値段もこのサイズなら当時100円くらいだったと思う。
他にも大きさや水とコーヒーとの割合、ミルクの量などによって
クルートやガラオンなどと呼び名が変わるのがなかなか複雑。
また地域によっても呼び名が違っていたような…。

結局「ビッカ」や「ガロット」が一番手軽で、
ハシゴをしてもお腹がガブガブになることもないし、
しかも名前が覚えやすかったからカフェで注文をすることも多かった。
サッと注文をしてひと息ついたらサッとお店を後にする。
スタンド席があるからといってなぜか忙しない雰囲気はなく、
たっぷりとした豊かな時間が流れている気がした。

ポルトガルの広場で見かけたおじさんたち。
ツイードのジャケットか何かに
ウールのハンチングやベレー帽をかぶって
半日以上はそこで過ごしているんじゃないかというくらい
ベンチでおしゃべりをしたり、ボーっと遠くを眺めたりしていた。

一旦何かを思い出すと、記憶の糸がスルスルと引き出される。
ふわふわとそんなことを考えているのなら
ひとつくらい用事を済ませることができそうなものなのにと
空想の飛行機がしゅんと着陸する。
日本は師も走る年の瀬。



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