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胡 桃


この土地を訪れたときはあのお店へ。
そういう場所がたくさんではないけれど
日本のあちこちにいくつかある。
連絡をせずにふらりと寄っても変らずそこにある、
会える人たちがいるということにホッとさせられる。

先日も仕事の帰り道に久しぶりに訪れた名古屋でのこと。
寄りたい場所はいくつかあって、名古屋へ向かう各駅停車の
電車に揺られながら、ひとりふたりと店主たちの笑顔が頭に浮かんだ。

コーヒーとスコーンが美味しくて、
店主夫妻との会話もとびきり愉快な喫茶店。
長い長い坂道をゆっくり登りきった住宅街にあるパン屋さん。
二児の母になった彼女が営む雑貨屋さんは
今はどんなものが置いてあるのだろう…

あそこもここもと欲張る気持ちを抑えて、
どうにかできないものかと頭をひねったところで
とてもじゃないけど時間が足りない。
結局その日に寄ることができたのは1箇所だけで、
他の場所へはまた今度のお楽しみと思ってあきらめることにした。

何年ぶりに訪れたのか?
「coffee Kajita」さんの扉を開けて中へ入ると、
少し驚いた二人の顔以外は、
変らない落ち着いた空気がそこには流れていた。
ガラスケースに美しく並ぶ智美さんのケーキと
お湯を沸かしているポットの湯気やコーヒーの良い香り。
カウンターの端の席に着いて、
以前に訪れたときと変わらないように見える
店内の風景を見ているともなく眺めていると、
なんとも気持ちがゆるゆるとほぐれていく。

コーヒーの味のたとえで「果実のような」という言葉を
聞くことがあっても、しばらくはどういうことかわからなかった。
果実、果実…。
実際に味わったことがなかった味を、これがそうなのかもしれないと
教えてくれたのが梶田さんのコーヒーだった。

ケーキを真剣に吟味して決める。
そのケーキに合うコーヒーは梶田さんにお任せして選んで頂いた。
この日に飲んだコーヒーはニカラグアフローレンシア・ナチュラル。
味の表現は難しいけれど、華やかで、やっぱりどこかフルーティーな味わいがある。
そんなコーヒーの香りと味の合間にケーキを堪能して。
コーヒーとケーキを行ったり来たり。
これもここへ来る度に同じようにしている。

お土産もいつもお決まりのもの。
瓶にたっぷりと詰まった胡桃もずっと変わらない。
大好物の胡桃は瓶のふたを開ける前に
「3個まで」とか「これでおしまい」と決めてから
ポンと口にほうりこむ。変らない馴染みの味。

変っていないと感じさせてくれるのは、
それだけ「続けていく」ということを大切に積み重ねているからこそ
ごくごく自然に守られている空気がそこにあるからかもしれない。
そんなことを胡桃をカリコリかじりながら考えた。


coffee




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