第1回 Fabric Camp 小山千夏さん
人の本棚は、とっても不思議におもしろい。その人自身のことがまたひとつわかったような、本の並びを見てうんうん、とうなづいてしまうようなそんな感じ。これからこちらでいろいろな方々の本棚をのぞきに行かせてもらいます。記念すべき第1回目は、鎌倉で手仕事の生地とオーダーの洋服のお店「Fabric Camp」を営んでいる小山千夏さんのお店の本棚。ミシン台の脇、窓辺に小さくしつらえた本棚に並ぶ本とは……。
初めて千夏さんの本棚を見たのは確か20年くらい前のことだったと思う。鎌倉の山の上のほうにあった家で、アトリエにしていた部屋の本棚をのぞかせてもらったのだ。そのときどんなものがあったか正確には覚えていないけれど「意外と文学少女なんだ」と、思った記憶が残っている。記憶とともに脳裏に残っているのは、本棚の中以外にも布や糸とともにあちこちに本の山が積まれていたこと。
2回目に千夏さんの本棚を見ることができたのは、山というか切り立った崖?のようなところに立つ一軒家に引っ越ししてから。幅狭の小さな階段を何段も上りきったところにある庭付きのかわいい家。階段途中には、ご近所、お隣りさんの家の門がいくつかあり、それを2つ3つ越えた最後が千夏さんの家だった。千夏さんはいつも地面よりちょっと上のほうに住んでいて、本人のまとう空気からそう思わせるのか、どこかしら仙人のような感じもする人なのだ。このとき見た本棚は、入ってすぐのリビングの本棚。それと台所に設えた小さな本棚。昔の料理本が数冊入っていた。ずいぶん前に鍋ひとつでコトコト煮たボルシチのようなものを食べさせてもらったことがあったけれど、
「これはボルシチ?」と聞いたら、
「なんだろうねー? に・も・の?」という答えがかえってきた。
このときまた私の頭の中で、仙人ならぬ魔法使い?的な思いがよぎったのを、この原稿を書きながら思い出している。千夏さんは不思議なのだ。本人は気づいていないだろうけれど……。だから持っている本は知っているタイトルの本だけれど、それはカバーだけなのかも?と妙な妄想が膨らむ。
2階は鎌倉の連なる山々が見渡せる、気持ちのいい窓があるアトリエと、もうひとつ、寝室があり、両方の部屋にやっぱり本棚があった。どちらも決して大きくない。腰の高さくらいの木のもの。そこに難しそうな文学のものと、写真集などがいい意味で無造作に入れられていた。高さ順に並べてあるでもなく、背がきっちり同じくらいにおさまっているわけでもなく。何度も出し入れされているのがよくわかる、あちこち向いた動きのある状態で本たちは収まっていた。なんでこんなにも覚えているのかわからないけれど、人の本棚を見るときって、勝手に見ている覗き見のような、ちょっと悪い気がしてしまうからなのか? なんか焦りながらも記憶装置だけは丁寧に状況を頭のどこかにその様を刻み込むのだ。こんなこと思っているのは私だけなんだろうか?
今もその崖の上にある、同じ家に住んでいる千夏さんだけど、今日は、鎌倉の裏通りにある仕事場でもあり、布やリボン、糸、かごを扱い、さまざまな生地でオーダーの洋服を作ってくれるお店「ファブリック・キャンプ」の本棚を見せてもらいに行った。
ここにわざわざ置いているものはどんなもの?と訊くと
「ここにあるのはね、友達の本と好きなもの」
「当たり前でしょー」というくらい普通に千夏さんが応える。なので、私も特に質問を続けるわけではなく「そうなんだ」と、つまらない返答をしてしまった。
千夏さんがミシンを踏んだり、針と糸を使う手を休める時はおやつの時間と、お客さんの接客時。本を読むときは、気分を切り替えたいとき。というか、読みたいなと思ったときだそう。これまた当たり前の答え。千夏さんのそういうところは自然すぎて、ダメな質問をしてしまった自分を恥じる。本当、ごめんなさい。
「でもあまり文字を追うようなものはここには少ないかもね。目で見て和む感じのものが多いと思う」
「手芸の本とかはないんだね」
「手芸!? 見ないよ〜、手芸でしょ!?」
はっ、またしても私、微妙な質問だったらしい。確かに、参考にするっていうのも不思議な話だ。どうも千夏さんにはすべて見透かされている気がして、また恥ずかしくなる。
窓のすぐ下のところとミシン脇に並ぶ本は、民族衣装や刺繍、染物の写真集。それに美術作家の永井宏さんがサンライトギャラリーのことを綴った本などが並んでいる。
「民族衣装が好きみたい。根源的なものが好きなのよ。私にとっては民族衣装がベーシックなものとして頭に入っているみたい」
言われてみれば、ある意味民族衣装ってベーシックと言えるかは別として、長いこと変わることのなく伝承され続けてきたものだから、千夏さんの言う意味もわからなくはない。本も雑誌も、とにかくたくさん持っていた千夏さんがこれだけを選んでここに置いているのだからよっぽど好きなものなんだろうねと、言うと、今はそんなに本を所有していないという。ずいぶん前から「ブリキ」という名で気が向いたときに開いていた自身の移動古本屋さんでずいぶん手放してしまったのだそうだ。残念……。次は最近の家の本棚を見せてもらおうかと思っていたのに!
「家に残っているのは、もう一回見る本だけ。そう言っているけれど、あらためて見返してみると、なんで好きだったかわからないものもあるし、前に読んでいたときよりも、より好きだなぁと思うものもあるの。もちろん、やっぱりこれは何度見ても絶対的に好きだなってものもあるし」なるほど。じゃあ、次はその“好き”シリーズを見せてほしいなぁ。というと、「それよりね」と言って、千夏さんがお気に入りのアフリカの王様たちの衣装をまとめた写真集のページをうれしそうにめくった。金色の生地にレースがついたもの、まぶしいくらいのビビッドな色や刺繍が施されたもの、本物の毛皮、カラフルなビーズをつなぎ合わせたもの……。みんな舞台衣装のようにすさまじく派手。しかも格好いい。
「これはずいぶん前、15年以上前!? 赤坂にハックルベリーっていう洋書屋さんがあったじゃない? そこの店主だった馬詰佳香さんにわざわざ探してもらって取り寄せたものなの。それにしても世界は広いよねー」
もう何度も飽きるほど見ているはずのその写真集のページをめくっては穴があくほど、うっとり愛おしそうに見つめ、「これも素敵じゃない!?」と、私に同意を求める千夏さん。あ、よく見ると、千夏さんの重ね着の感じや時折、取り合わせているカラフル感は、アフリカの王様にちょっと似ているかも……。長年知っているはずの友人だけれど、本棚を見せてもらうと、またあらたな一面を知ることになる。本棚って心の奥底や自分でも気づかないうちに心の中を見せてしまっているような、そんな存在なのかもしれない。千夏さんは仙人じゃなくて王様だったんだ。
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東京生まれ、鎌倉育ち。多摩美術大学卒業。故永井 宏さんが主宰していた神奈川県葉山の「サンライトギャラリー」に立ち上げから参加。同所にて、個展、グループ展を行うほか、ディスプレー、雑貨のデザイン、ものづくりのワークショップなどもカフェやギャラリーなどで行う。震災後、永井宏さんとの別れがあった2011年の秋に、場所をもつことを実現—「Fabric Camp」を鎌倉にオープンする。気持ちのいい天然素材の生地や手仕事の布、その生地を使って仕立てるオリジナルの洋服、糸、リボンなどを販売。また“おまつり”と称してリスペクトする人やものの小さな展示も行っている。
http://fabric-camp.jp/
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