第2回 オステリア・コマチーナ 亀井良真さん
「基本的に本は読まないです、パラパラめくるくらい。でも好きな写真や言葉は頭に残るから、ふと思い立ってまたページをめくる。本に関してはそんな付き合い方です」
鎌倉一のにぎやかな通り、小町通りの古いビル雑居ビルの2階にお店を構えて、早5年。初めてこのビルの下見に料理人の仲間と一緒にワイワイ行ったとき、皆、口をそろえて「なかなかいいんじゃない」と、言ってくれたそう。でも亀井さんは、昼間の燦々と差し込む光を見つつも、なんとかなるんじゃないか、という思いと、不安な思いとの攻めぎ合いだったと当時をふり返った。ところが、なんとかどころか、日々、満席! 大忙しの毎日を送っている。
カフェに本棚があるのは昔からよくあることだけれど、レストランに本棚があるって、なかなか珍しい、ような気がする。シェフたちが厨房で見るためにあるものならわからなくもないが、コマチーナの場合は、お客さんも気軽に手に取れる位置にある。よく考えてみると不思議だなぁと思ったのが、今回、亀井さんを訪ねるきっかけだった。
「ラーメン屋さんとかに漫画とかが置いてあるような、そんな気楽な雰囲気を出したかったんです。自然と今はイタリア料理の本が多くなっていますけどね」と、亀井さん。確かに、イタリア料理関係の本がダントツ多い。でもなかには、かつて取材されただろう雑誌『Hanako』などの姿も。『イタリアの田舎に泊まる』『ナポリと南イタリアを歩く』『専門料理—内臓料理』などと一緒に無造作に立てかけてある。亀井さん曰く、突き刺さっている……笑。そうね、そのほうが正確な描写だな。でも小綺麗に整理されていたらどうだろう? こんなにもここの本棚に興味をもたなかったかも。この無造作感は、あまり読まないですよ、と言いつつも、休憩中になんとなくページをめくる亀井さんがいるからだ。なぜだかその背景をこの話を聞く前から、想像していたのかもしれない。確かに見た目は、ラーメン屋さんが醸し出す、誰もが気軽に座り、ラーメンが出てくるのを待つ間のいい雰囲気の時間のゆるさにつながっていた。
亀井さんがあらためて分厚いイタリアの郷土料理の本をめくるのは、季節のものがたくさん出回っているとき。それを使って何かしようと思い立ったら、だ。旬の食材をわざわざ遠くから仕入れて、ということはあまりしない。人のつながりで出会ったもの、季節のもの、身の回りのものに支えられてなんとかするのが性に合っているという。そんな亀井さんが愛してやまない一冊は、料理家・米沢亜衣さんの『イタリア料理の本 』『イタリア料理の本 2』。本屋さんでたまたま手に取ったときは、本当にうれしかったんだそうで、今でも僕の教科書のような存在、とニコニコしながら教えてくれた。何がそんなによかったのか、それは写真。この迫力ある、しかもおいしそうな写真はなんなんだ! 本屋にいるのに興奮した、とは言ってないけれど、そんな亀井さんが想像できる。その後も本屋さんで「もしや?」と思って手にしたのはまさに前出の本を撮影した写真家・日置武晴さんがフランスのビストロの撮り歩いた『ビストロブック』。
亀井さんは本を読まないというけれど、結構分厚い、しかもいいお値段の本をぶらりと出かけたついでに買ってくるようだ。イタリアを旅した際に衝動買いしたという『RICETTE DI OSTERIE D’ITARIA』もそのひとつ。すべてイタリア語で記されているため、さすがの亀井さんも解読不可能。でもページをめくっているだけで気分が上がってくるからそれでいいらしい。
こうして聞いていると、どの世界にも言えることだけれど、何をするにも右脳派と左脳派にわかれるなぁと。もちろん、亀井さんは右脳派。考えるよりも先に手が動くし、すでにその先の絵が見えている。だから本も読まずに、見る。というか、頭で食べているみたいな感じなのかも。話しを聞いたなかで、いいエピソードがあった。話の主役となる本のタイトルは『フィレンツェ 料理の技術』。絵本のようなかわいらしい本だ。古い本らしく、日本語訳もなかなかな間違い方をしているがそれもご愛嬌なもの。イラストもほのぼのしていて、飽きることなく見ていられる。なぜか気になって、何度も見ていると……。
「それいい本なんですよ。前に働いていたお店に置いてあって、すごく好きだったんです。イタリアの人が直訳したからこういう訳になっているみたいで、笑」と、亀井さん。なるほどー。と思っていたら、話はまだ続き、
「この本ね、前に本屋に勤めていたうちの奥さんに無理言って探してもらったものなんです」
とニヤニヤ。ん??? あ、なるほど! 亀井さんが好きだった女子、つまり今の奥様へのきっかけとして、このなかなか見つからなさそうな本を探してもらったというわけか。なんて、素敵な! 本とは縁がなさそうなふりをしているけれど、人生最大の縁を結んでもらったのが紛れもなく本ではないですか! ふわりとゆるそうに見えて、実はしっかり者?の亀井さん。あ、いや、やっぱり自然の流れにゆるやかに身を任せていながら、そのなかに確固たる自分をもっている、そんな感じがいたしました。それはきっといつもお店で出される料理にも通じている。素材を生かしたやさしさと潔さに、さりげないパンチが加わったもの、それが亀井さん流。料理が好きな亀井さんのお母さんは、いつもおかずをたくさん作っていた。たまに実家に帰ると、その感じは今も変わらないという。
「ちょっとずつではなく、たくさんあるのが好きなのは、母の影響。お店の料理やメニュー構成にも通じていると思います」
スパゲティやピザが好き。そんな気持ちからスタートした料理人への道。大事なのは始まり方じゃなくて、今どうしているかなんだとお店に設えた小さな本棚が教えてくれた。
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オステリア・コマチーナのオーナーシェフ。高校生からオーストラリアで暮らし、大学入学のため帰国。卒業後、さまざまなアルバイトを経て食の道へ。2010年、鎌倉の小町通りに「オステリア・コマチーナ」をオープン。今年5年目を迎える。
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