第3回 料理家 飛田和緒さん
仕事中の他愛のない話から、最近読んだ本の話になることがままあるが、まったくそういう話になることのない人もいることに最近気が付いた。本の話をする人とは、顔を合わせればそんな話ばかりしているので、作家や装丁の好み、紙質や文字の配置の好き嫌いまで把握していることもあるほど。
料理家の飛田さんとはずいぶんと長いお付き合いをさせていただいているけれど、まったくもって本の話に至らない。話すことといえば、もっぱら近所のおいしいお店のこと(同じ地域に住んでいるので)と、互いに大好きなハワイの話に尽きる。それでふと飛田さんはどんな本を読んでいるんだろうか?と、気になり、考え出したら最後、いてもたってもいられなくなり、この取材を依頼した。
取材前日。葉山の海を見下ろす高台に暮らす飛田さんの家には、あちこちに本の山が積み上がっていたこと、壁一面の本棚が地下に設えてあったことなどをつらつらと思い出した。けれども一体どんな本が置かれていたのか、そこがはっきりしないまま、当日を迎えた。
やっぱり……飛田さんの家にはたくさんの本の山が積み上がっていた。巨大な本棚も健在。「こう見えて私なりにこの山積みにも区別があるのよ〜」と、お茶を淹れながら飛田さんは笑った。地下の本棚はすでに読み終わった本で、時々、ページをめくるもの。リビングのソファー裏の山には雑誌関係。トイレの小さな戸棚には雑誌や企業から送られてくる小冊子。寝室にはこれから読もうと思っている本が置かれているそうな。それにしてもすごい本の量。「ほとんど送られてくるものですか?」ときいてみると、「いえいえ、雑誌以外はほとんど買ったもの」との返事。文学青年だった飛田さんのお父さんは“本は買うもの”としていて、プレゼントはいつも本。子ども心に、サンタは本しかプレゼントしてくれないと思っていたほどだった。近所に図書館があったのにもかかわらず、だ。その教えのまま育った飛田さん、今も幼い頃と同じく、読もうと思ったもの、気になったものは、すぐに読める時間があるか否かにかかわらず、まずは買うことにしているという。
「ここのところ気になっていて、好きなのは梨木香歩さん。最初に『西の魔女が死んだ』を読んだとき、自分と同世代ということも良かったのか、時代背景や主人公に関わるおばあちゃんのことなど、すごく心地よく一気に読めたんです。それで他の作品も読んでみたいな、と思って」
活字は好きなほう。今は、海で、プールで元気な娘さんと泳ぎまくる夏休みだが、娘さんが生まれる前はご主人と二人で本を何冊も抱え、ひたすら本を読む旅へと出かけていたという飛田さん。小学校のときにはシャーロック・ホームズにはまっていた時期もあった。漫画好きでもある。20歳までクラシックバレエをしていたこともあり、『スワン』や『アラベスク』は小学生から愛読していて、今でも一気に読み返してはエネルギー注入に役立てているそうだ。
よく、自分が娘時代に読んでいたものを娘にも読み継がせたい、なんて話を聞くが、飛田さんは自分の本棚と娘の本棚は別物という。「娘は娘の読みたいものを、私は私で昔読んでいたものは大事だし、傷んでいるものもあるので、お貸しできないの、笑」と。実に清々しい。それでいて「娘が読んでいるものがどんなものなのかは気にはなっているのよ」と、母である面ももちろん忘れない。無理強いしないこの距離感は、飛田さんが作る料理を思わせる。飛田さんの料理や著書はすべてにおいて、この距離感が絶妙だ。押し付けがましくない、けれどもこちらが必要とするとそっと手をさしのべてくれる。その空気感は著書の全ページにおいても、ご本人そのものにも漂っている。さりげないというのは、本当は難しい。どうしても人は褒めて欲しいし、何かすると「おいしい?」「おもしろい?」「うれしい?」などとその先の返事を求めがちだ。飛田さんにはそれがいい意味でない。だからか、真のやさしさについて考えるとき、私はいつも飛田さんを思い出す。それにしても、料理に、子育てに、本選びに、そして読むスタイルにまでその人となり、立ち位置、距離感のもち方などが通じているとは。
そういえば、飛田さんの本棚には料理家や女優、小説家など、さまざまな人たちの日記もあった。そのほとんどが食にまつわるもの。「パッとめくったページを読むくらいなんだけど、その気楽さがいいの。季節のこととか、旬のもののこととかね。この間、久しぶりに沢村貞子さんの日記に出てきた「時々、上等な牛肉をちょっと」なんて一文には思わず、うんうんと納得しちゃったわよ。それでその晩はステーキにしちゃった」この気取らなさ、茶目っ気、そしてゆるりとしたテンション。本のセレクト、受け止め方、すべてにおいて飛田さんそのものだと実感させられた瞬間だった。おいしい料理を作ることと本選びは、なぜだろう、何となく相通じるところがあるように思う。それにしても本棚にはその人そのものを物語る本が並んでいるものなのだなぁ。このたびもまた深く納得。家に帰り、思わず自らの本棚を見返した。
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東京生まれ、長野育ち。20歳までバレリーナとしてレッスンに励む。短大卒業後、文筆家の手伝いをしながらライターの仕事をしつつ、独学で得意の料理に磨きをかける。現在は、神奈川県・葉山にて家族3人、旬のおいしいものを楽しみに暮らしながら、雑誌、単行本を中心に家庭料理を提案。2014年、料理本大賞を受賞した『常備菜』(主婦と生活社)をはじめ、麺もの、パン、おかずなどにおける著書多数。これから料理を習いたい人はもちろん、ベテラン主婦まで幅広い層に人気がある。
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