第9回 シャムア 松橋恵理さん
1996年、大阪四ツ橋にある古い煉瓦造りの欧風建物の4階に、雑貨屋さんがオープンした。当時はまだ雑貨屋さんといっても大きなところで、「F.O.B.COOP」や「ファーマーズテーブル」、「私の部屋」、「キャトル・セゾン」そして雑貨屋さんといっていいかわからないが、大学を卒業して間もない私なんかは、なかなかを踏み入れることができないくらい敷居の高い「ZAKKA」があったくらいで、そのどれもが東京に集中していた。とはいえ、じわじわと個人が雑貨屋さんなるものをオープンする波は来ていたようで、大阪四ツ橋にオープンした雑貨屋さんのようなお店が、カフェブームといわれる波とほぼ同時期に、続々とオープンした。そのおかげもあってか、雑貨屋さんにカフェが併設、またその逆もまた見られた。
流行り廃りとは関係なく、自分のお店を持ちたい、という素朴な思いから、好きなものを集めた雑貨屋を大阪四ツ橋にオープンしたのが、今回、本棚を見せてくださった松橋恵理さん。出会いは、かれこれ20年以上前のこと。今は亡き、美術作家の永井宏さんに引き合わせていただいた。あの人とこの人がつながるとおもしろいんじゃないか、いつもそんなシンプルな思いで永井さんは人の出会いを次々につくってこられた。私が今、鎌倉に暮らしているのも、永井さんのおかげだ。長くなるので、この辺の話はまたいつか、ということで松橋さんに話を戻そう。
私より少し年上の松橋さんは、長い髪を三つ編みのおさげにしているか、それを両脇にくるくる丸めているか、といった少女のようなヘアスタイルで、いつなんどきでもニコニコ笑顔でいる。長い付き合いになるが、怒ったところを一度も見たことがない。誰かが言っていた。四ツ橋のマリアさまだと。なるほど、確かに、その言葉がぴったりだ。少し年上なのに、私はいつも松橋さんにタメグチ。松橋さんは今でも敬語。これで人間性がよくわかっていただけるのではないだろうか。いつでも、誰にでも優しく変わることのない松橋さん。だからこそ各方面からも厚い信頼を寄せられまくりなのだ。
松橋さんが切り盛りするお店の名前は「シャムア」。フランス語でろうそくを意味する。大阪にお店があることもあり、そうしょっちゅう伺っているわけではなかったが、この取材にうかがう前にちらりと、10年ぶりくらいにお店を訪ね、驚いた。何に驚いたかって、あまりにお店の様子がまったくと言っていいほど変わってなかったからだ。松橋さんとは別の場で何度か会っていたので、本人がこれまたまったく変わってないことはわかっていたが、お店が本当に変わってなかった。扉を開けた瞬間、まるで子供時代にずっと通っていた大好きなところへタイムスリップしたかのようにほっこりした気持ちになった。
フランス好きな松橋さんのお店は、フランスを中心としたヨーロッパ全体のアンティークがぎっしり、いや、ごっそりと店の隅々にまで積み上げられている。大きなものでは洋服やカゴ、オブジェ。小さなものは、ブローチ、ハンコ、キーホルダー、リボン、ボタンなど……。細い廊下のようになっている入り口から広がりを見せる奥までの、お店をぐるりと取り囲む壁面やセンターに置かれた棚、天井辺りから床まで、これでもかというくらい、モノがギュギューッと詰まりに詰まっているのだ。お伺いした時は、ちょうどクリスマス。関西にお住まいのアーティストの方による、ちょっとプププと笑えるユニークな表情の手作りサンタが、松橋さん作の木製クリスマスツリーにワサワサとぶら下がっていたり、カウンター前にはキュートなクリスマスの焼き菓子も並んでいた。こう書くと、どれだけモノだらけのお店かと思うだろう。けれど、そこが松橋さんマジックとでも言おうか、雑然としているようでそうではない。まるで古くからあるフランスの手芸屋さんのような年季の入ったセンスと佇まい、というとわかってもらえるだろうか。モノの重ね方、飾り方のセンスはもちろん、ちょっとやそっとでは出来上がることのない連なりと重なりが実現しているのだ。ちなみにお店のものは松橋さん自身の手でひとつひとつ小さな小袋に入れられたり、小さな字でちょん、ちょん、ちょんと値段と年代などが記されている札が添えられている。かなり細かい……。お店の袋にもひとつずつハンコが押されている。切ったり、貼ったり……、その様子を考え、想像しただけで気が遠くなった。が、そんな手間暇も松橋さんにとってはモノと向き合う至福の時間なのだそうだ。
丁寧に包装や説明書きが添えられたモノが重なり合い、立体壁画のようになったディスプレーの脇には、カフェスペースもあり、そこでは自家製のスイーツやフォカッチャ、クロックムッシュなどがいただける。これがまた絶品! 特に7、8月の生の桃がたっぷりのった桃のタルトは、フレッシュな桃のやさしい甘みとふんわりした生クリーム、サクサクしたタルト生地が層(奏)でおいしさの弾丸となって押し寄せてくるすごさ。思わずホールで食べたいくらいなのだ。
とまぁ、ディスプレーに、お店のフードの仕込みにと、とにかくいろいろとやることがあり、お忙しい松橋さん。お子さんもまだ小さいのでお迎えやらごはんやら、と家事もある。だから今はなかなかゆっくり本を読む時間はないけれど、昔から本は大好きで、いつも好きなものは手元に置いているから、ということで、今回は、ご自宅ではなく、お店のほうでいつも手元に置いているものを見せていただくこととなった。
雑貨屋さんをする前、服飾メーカーにお勤めしていた松橋さん。高校卒業後に通っていた服飾学校では、習うことのほとんどが、フランスのことだった。そこから、知らず知らずのうちにフランスへと興味が湧き、何度も旅に出かけるうち、今の人生へと至るのだが、本もそれに傾倒したものが少なくない。例えば、ジャン・コクトー。2001年に京都で行なわれた展示の際の図録やドローイングのほかにも、自宅にあるものを合わせると結構な冊数になりそう、と松橋さん。特にコクトーの一筆書きが好きだそうで、何度もページをめくり返していたのが、ややめくれ上がったページの端から見て取れる。フランスといえば、かつて習っていたフランス語教室の教材も大切にしている、と本棚から取り出してくれた。
「駅前に、12ヶ国語を話せる先生が教えるフランス語教室、と貼り紙がしてあって、12ヶ国語を話せるってどんなんだろう?と思い、半ば興味本位で出かけたのがフランス語を習い始めるきっかけでした。結構、がんばって勉強していましたね〜、この教材を見る限り、笑。今は、いい出会いがあり、うちのお店のカフェでフランス語教室をしていただいているので、教室に通わなくてもよくなりましたが、この教材は今でも大事にしていて時々見返しています」
20年ほど前だったという教室の教科書は、中のイラストやレイアウトが今、見ても新鮮でかわいいものだった。中には、鉛筆でメモや線が引かれた跡が。ほんと、ちゃんと勉強していたのね……。フランス語を勉強し、ますますフランスへの旅もおもしろくなってきた頃に手にした『フランス語自遊自在』は、頼りになる旅の相棒だったという。きっと英語版のほうでお世話になったという人も多いのではないだろうか。フランス語教材と同じく何か松橋さんの勉強の足跡が残されているかとページをめくると、おや!? みうらじゅんさんのサインが!!??
「笑。時間があるときに単語でも覚えようと思って、フランスに出かけるとき以外にも持ち歩くようにしていたんです。ある日、みうらじゅんさんのイベントに行ったとき、サインをしてもらいたい! と思ったけれど、この本しかサインできそうなものを持ち合わせてなくて……笑」
1993年刊の『フランス語自遊自在』には、そんなわけでみうらじゅんさんのサインが。しかもそのサインは「うーん、マンダム。みうらじゅん」って……。何度もそのページと松橋さんを行ったり来たり見ては、泣き笑い。いやぁ、なかなかやろうと思ってもこんなすごい技はできないです。みうらじゅんさんとまったく関係のない本に、みうらさんの愛あるサイン。さすが、松橋さん! ちなみにこの本は今でもフランス渡航の際は、しかと握りしめていっているのだとか。
フランス関係の本以外では、仕事の合間にパラパラめくり、作るものの想像力を掻き立ててくれるものがお気に入りということで、キルトやニットの洋書も並んでいた。英語やフランス語で記されたそれらは、いくらフランス語を習っていた松橋さんといえども、そんなスラスラとは読めないらしく、眺めるに限っている。が、手縫いや編み物など、何か作るものが得意という松橋さん、最近ではお店の常連のお客さんのウェディングドレスを縫うという壮大なお仕事を成し遂げてもいたらしく、そういうものの依頼があったときにも、昔の手芸に関する洋書は眺めているだけでムクムクとアイデアや想像力をたくましくしてくれる、頼れるものだそうだ。
なんでも作るものがお得意の人は、手先が器用だからかお料理も上手な場合が多い。松橋さんもそんな人のひとり。ちらりと書いたようにお店で出しているスイーツは、自家製のほっこり感と人を幸せにするおいしさが合体された松橋さんにしか編み出すことのできない味わいだ。手芸以外に気に入りとして松橋さんが見せてくれたもので、目に付いたのはコーヒーにまつわるものや、フランスのおばあちゃんのレシピがまとめられた古本。しかもその本のカバーとお店のカフェのメニューは同じ表紙だった。
「偶然なんですけど、お店をやるときに『マリ・クレール・メゾン』に載っていたメニューがかわいかったので、自分でもお店用に真似て作ったんです。そしたらそのあと偶然、この本を見つけて」
おばあちゃんのレシピが200ほど、まとめられたその本は、お菓子のほか“牛肉とトマトとピーマンの煮込みハンバーグ”といったおばあちゃんならではの懐かしいメニューがまとめられたもの。今は日々眺めながら、楽しみつつ、いつかお店のメニューとしてもいくつか登場させたいなぁと思っているのだとか。ほのぼのとしたお店での時間。忙しく、ひとときもゆったり座ったりする時間がない松橋さん。取材をさせていただいている間も、常連だろうと思われるお客さんが、ひっきりなしにやってきては、松橋さんと世間話をしてお茶を飲み、お店を何周も回って、しゃがんで、戦利品を見つけてはホクホク顏で帰っていく光景を何度も目にした。その間、松橋さんはずーっと店内をちょこちょこ行ったり、来たり。同行した女性カメラマンともずいぶん長い付き合いだが、こんな姿は初めて見たかも!?という興奮ぶりで店を徘徊。何周もしては、「こんなの見つけたー! 」と満面の笑み。まるでフランスのブロカントに出かけた後のような数々のお宝に、大満足だったよう。興味深かったのは、「右周りに店を見たときと、左周りに見たときだと見つかるものが全然違う! 」という高揚感と変な自信たっぷりの発言。松橋さんは一体お店にどんな魔法をしかけているんだろうか?松橋さんなら、さりげなくにっこりと笑いながらそんないたずらをしかねないなぁ。それにしてもここは、ほんとお宝がザクザク。自分の少女のような気持ちをオープンにすると、松橋さんの魔法とワナにあの棚でも、この棚でも引っかかってしまうという不思議な空間なのだ。いつもは本棚を見せていただき、本人からは想像できないお人柄を知ることが多いのだが、松橋さんの本棚はどの角度から見ても、間違いなく松橋さんそのものだった。本棚から想像すると、全面に自分を出しているように思える。けれどもまだまだ謎に満ち溢れている松橋さん。変わってないようで、変わっている店内には、まだまだお宝が眠っているのだ、きっと。