第5回 トンボ
~クロスジギンヤンマ編~
クロスジギンヤンマのヤゴを、お隣の大家さんの池で見つけました。けれど、我が家の庭を飛んでいるのは見たことがありません。いや、早すぎてよく見えてないのかもしれません。ヤンマの仲間は飛行速度がとても速いのだそうです。仲間のギンヤンマは、時速70kmも出るのだそう。車と同じ速度が出るだなんてすごいですね!さて、前回はヤゴが水面から顔を出したところまででした。その後、隠れてないと気がすまかったヤゴが、体を水上に全て出すようになります。水中で生活するヤゴはエラ呼吸なのですが、水上で生活するトンボは肺呼吸。そのため、ヤゴが水上に出てくるタイミングで肺呼吸に変わるとのこと。そうなると、もう水中には戻れません。トンボになるために見えない部分も変化しているのですね。
ヤゴはこの後、夕方から夜間にかけて、トンボになるべく、羽化に適した場所を探し始めます。私たちはヤゴの羽化についてよくわかっていなかったので、本にある通り、棒を近くに置いておけば、それに捕まって羽化するものだと思っていました。けれど、ヤゴによっては、より羽化に適した場所を探しに結構な距離を移動するのだと、この時初めて知ったのです。
1匹目のヤゴは夕方までは確かに棒に捕まっていたのに、夕飯を食べた後に見たら忽然といなくなっていました。8畳の和室に置いていたので、部屋のどこかにいるのは間違いないのですが、息子と隅々まで探してもまったく見つからない! 探しても探しても見つからず、その日は諦めて就寝しました。朝になっても見つけられず、それぞれに出かけ、夕方に戻ってきて部屋のドアを開けたところ、なんと立派なクロスジギンヤンマが部屋の中で勢いよく飛んでいたのです。
部屋のどこか、私たちが見つけられなかった死角で羽化したということですね。おそらく朝にはとっくに羽化して翅を乾かしていたと思うのですが、1匹目はそれすらも観察することができませんでした。それでも立派に成長し、嬉しい限り。外に放つと、もうそれは驚くような勢いのある速度で空に消えていきました。
さて、2匹目は羽化を見逃すことがないよう、水上に出てからは気にするようにしていました。今回は棒の先まで登り、ここで羽化することを決めたようです。私たちが気づいた時には、ちょうど殻から出ようとしているところでした。
殻の背中の部分が割れて、いよいよ出てきます。チョウの羽化の際にも思うことですが、完全変態はとても神秘的なものです。全く違う形のものが出てくるのですから。ただ、チョウと比べると、ヤゴからトンボへの羽化はかなり難しく見えました。
どのチョウも殻がかなり簡単に割れ、さっと中から出てきました。しばらくサナギでいる間に、しっかり乾燥して割れやすくなっているからかもしれません。しかしヤゴの場合、つい先日まで水の中にいたせいか、殻はなかなか割れません。内側から何度も何度も押し続けて、かなりの時間をかけてようやく出てきました。なかなか出られない様子を見ていたら、自分が息子を産んだ時のことを思い出してしまったほど。出産に似た産みの苦しみを見ているようでした。
その上、殻から頭と胸、腹の途中までを出した後、しばらく頭を下にして宙吊りになるのです。しかも真下は、彼らがヤゴとして棲んでいた池などの水辺であることがほとんど。ここで、失敗したら、水の中に落ちてしまうことになります。ようやく出てきたのに、水の上で宙吊りになるなんて!
そんな危険な状態にも関わらず、殻から出たばかりの体は柔らかいため、脚が乾くまで待つのだそう。ここは室内ですが、外なら風に煽られて水中に落ちたり、またほかの生きものに襲われてしまうことになるでしょう。本当に命がけです。
宙吊りをしばらく続けた後、今度は、海老反り状態から起き上がり、まだ殻の中に残っていた腹の先を引き出します。出産を見ているような気持ちになっていたので、さらに腹筋を使って起き上がらなくてはならないなんて! と辛い気持ちでいっぱいに。
それでもヤゴ、いやトンボは果敢に起き上がり、棒の先に脚をかけ、殻に残っていた部分をうまく引き出しました。ここまで来れば、あとは翅を乾かし、体がまっすぐに伸びるのを待つのみです。
翅を乾かすと、決して華やかさなどなかったヤゴから、キラキラと光を放つような鮮やかな緑色のクロスジギンヤンマになりました。間近で見るとなんともかっこいい。色もデザインもスタイリッシュで美しいですね。
さて、もう1匹、我が家にはヤゴがいました。のんびりしていましたが、ようやく水上に上がってきました。羽化のために遠くへ行ってしまわないように見張っているつもりでしたが、ちょっと目を離した隙に気づけばカーテンに!
体をくねらせながら場所の確認をしています。これは、羽化したあと翅を伸ばせるスペースがあるかどうか確認しているのだそう。カーテンでは手足をしっかりと引っ掛けられないだろうと思い、近くに棒を近づけてみたところ、カーテンと棒と交互にスペースを確認して、棒に戻ってきてくれました。
その後、どうにか殻から体を出し、宙吊りまでは良かったのですが、このトンボは腹筋がうまくいきませんでした。何度もトライするのですが、起き上がることができず、殻に腹の先が残ったままの状態で、そのうちに翅が伸びてきてしまいました。トンボにとって翅は命です。翅の伸び方が少しでも狂うと、飛べなくなってしまうのだそうです。ああ、どうしましょう。せっかく出産ばりの必死な様子で殻から出てきたというのに。可哀想すぎやしませんか。もう涙なしでは観察できません。
結局、かなりの時間が経ってから、腹をどうにか出すことができました。しかしながら、翅は曲がったまま固まってしまいました。
残念ながら3匹目は、羽化不全となってしまいました。色はとても美しく出ていますが、翅だけでなく、腹の先も曲がってしまっています。羽ばたこうと翅を動かしますが、飛ぶことはできません。それでもまだ生きています。
私たちは、少しでも長生きして欲しく、餌やりをすることにしました。指先に水をつけ、トンボの口に当てて見ると少し飲んだようでした。生きた餌は庭を見渡し、アリを与えて見ることに。自分では食べられないようだったので、アリには申し訳ないけれど半殺しにして与えてみました。息子によると、押し当てることで口を開くため、食べ始めるとのこと。
水とアリを毎日与えて、4日ほど経ったでしょうか。だんだんと元気がなくなり、動かなくなってしまいました。
たまたまお隣の家で見つけたヤゴを育てることになって、トンボの羽化の大変さを目の当たりにすることになりました。軽やかに空を飛ぶトンボはみんな、この難産のような羽化を超えてきているのかと思うと、どのトンボにもよくやったねえと声をかけずにはいられません。ピンと伸びた翅を見るたびに、完全変態の神秘さと過酷さを思うのです。
ところで、トンボの羽化から数ヶ月ほど経ってから、1匹目のヤゴの抜け殻が棚の後ろに付いているのを発見しました。棚の影に隠れて羽化したのですね。羽化を見たい場合は、ヤゴが逃げ出さないよう、ケースの中央に剣山などを置いて棒を差すなどの工夫が必要です。うまくトンボになってくれれば良いですが、見えないところで羽化不全になってしまったら悲しいですから。
無事にトンボになったら、外に放してあげましょう。水も生きた餌も必要なので、飼うのは難しいことです。何より、飛んでこそトンボです。うまく翅が伸びたのですから、気持ちよく空を飛んでほしいものです。
クロスジギンヤンマ | |
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見つけやすさ | ★★★ |
育てやすさ | ★★★★ |
成虫になるのは 命懸け度 | ★★★★★ |
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プロフィール
良原リエ
音楽家。アコーディオン、トイピアノ、トイ楽器の奏者として、Eテレ「いないいないばあっ!」の音楽をはじめ、映画やテレビ、他アーティストの楽曲などの演奏、制作に関わる。インテリア、庭づくり、ハンドメイド、リメイク、子育てなどライフスタイル全てが活動・表現の場になっており、親子、子ども向けのワークショップ、イベントプロデュースなども行っている。著書に「食べられる庭図鑑」「たのしい手づくり子そだて」「まいにちの子そだてべんとう」(アノニマ・スタジオ)「トイ楽器の本」(DU BOOKS)など多数。
instagram ID : rieaccordion
良原リエさんの本
食べられる庭図鑑
広い庭がなくても大丈夫! 小さな庭やベランダで始められる、家庭菜園や庭作りのアイデアをたっぷり紹介。「野菜」「ハーブ」「果樹」「雑草・野草」など、育てて楽しい、食べて美味しい植物88種と簡単なレシピを掲載。一年を通して自然に親しむ暮らしを提案します。アノニマ・スタジオWebサイトTOP > たのしい生きもの観察|もくじ > 第5回 トンボ ~クロスジギンヤンマ編~
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