アノニマ・スタジオWeb連載TOP > ケンカのあとは、一杯のお茶。 もくじ > その6 「ゆるゆると、でもジリジリと。とにかく一歩、踏み込むけんか」
<<連載もくじ はじめに>>
その6
ゆるゆると、でもジリジリと。
とにかく一歩、踏み込むけんか
夫 庄司賢吾さん
子供向け教材を制作する会社の企画やマーケティングを担当した後、転職。設計事務所のプロジェクトマネージャーを経て、現在は編集者やデザイナーとして活動する。「アンドサタデー」では提案するビジュアルの撮影やライティング、デザインなどまさに「編集」的役割を担っている。
妻 庄司真帆さん
賢吾さんと同じ会社の編集を経て、コミュニティ作りに重きを置く飲食店プロデュース会社ヘ転職。プロジェクトマネージャーとして様々な飲食店の立ち上げから運営に関わる。誰からも愛される人柄を生かし「アンドサタデー」では店頭に立ち接客を担当している。また「アンドサタデー」が発信するビジュアルのイラストも手がけている。
仕事は楽しいけれどずっとここにいるイメージが持てない、と思っていた
二人が出会ったのは、ベネッセコーポレーションという子供向け教材の制作会社。24歳の真帆さんが新入社員として入社すると、2歳上の賢吾さんが先輩として働いていたそうです。
真帆さん
「『チャレンジ一年生』という教材の編集部に入ったんですけど、もともと別の部署だった賢吾くんが異動してきて、席が近かったんです。賢吾くんはチュッパチャップスを舐めながら仕事していて、そんな人他にいないんですよ。でもそれがなぜか許されてしまう唯一無二の庄司さん…という感じで」
賢吾さん
「チュッパチャップスは話しかけられたくないです、というメッセージだったんです。口がふさがっているので話せませんよ、という。もともと子供が好きだったのでベネッセに入ったんですけど、『みんなで成長しよう』みたいな共同体としての会社の雰囲気が心地よくないタイプで…。一方彼女は明るくてポジティブで誰からも愛されている。自分とは全然ちがうタイプだな、と」
賢吾さん
「新宿にあるオフィスと家の往復で、忙しい時期には始発から終電まで働く生活を、ずっと続けていこうと思えなかった。漠然といつか『場作り』みたいなことを仕事に出来たらという思いをふたりとも持っていたんです」
そんな共感し合う部分もあり、付き合うようになったふたりは約1年後に結婚。そしてそのタイミングでなんと揃って転職を決めたそう。
賢吾さん
「28歳で結婚したんですけど、30歳になる前に一本道から一回降りてみよう、という気持ちがあった。いずれ自分で〝何か″始めたいという思いがあったので、そのことにも繋がるような仕事。それでマネージャーとしてプロジェクトを管理しながらデザインなどの業務も行える設計事務所に転職をしました」
真帆さん
「同時期にここなら、という転職先が見つかっただけで図ったわけじゃなかったんだけど、結果退職も同じ時期になって(笑)わたしは〝場を作る″ということを学びたくて、食に関することにも興味があったので、地域性やコミュニティに重きを置いた飲食店をプロデュースしているWATという会社に入りました。それまで食べるの好き〜コーヒー好き〜お酒好き〜くらいだった自分が、立ち上げから軌道にのせていくまでの、お店作りのすべてを経験させてもらえる仕事でした」
完成されたものを目指すんじゃなくて、やりながら形作っていくようなお店でいいと思ったんです
自分たちのやりたいことに繋がる仕事をしながら、同時に自分たちが「何か」出来るような場所も探していたというふたり。ですが探すほどに東京で場をつくる難しさやリスクを感じたと言います。そんな時、チャンスは思わぬ形で訪れます。
賢吾さん
「結婚して一年たったころ、逗子に引っ越しをしたんです。仕事は忙しいけど、勤務地を起点にした暮らしをするんじゃなくて、生活に重きを置いた暮らしがしたいという思いがあった」
真帆さん
「いずれはどこか島とかに移住したくて、次に向かうステップみたいな気持ちで来たんだけど、来てみたら移住したい気持ちもなくなったほど、ここでの暮らしは良かったんだよね。その上、まさかまさかでお店も始められることになった」
きっかけは、逗子に来て以来通っていたお店だったそうです。
真帆さん
「こっちに来ても漠然と『何か始められないかな〜』と近所の八百屋さんやたばこ屋さんをリサーチしたりしていて。この辺は地元の人が通うような昔からあるお店が多かったんだけど、そんな中でも入りやすい餃子とシャンパンを出すお店によく行くようになった。夜だけ開くカウンターの小さいお店で、そこで飲みながらオーナーと話していたら『うちは昼間空いているから何かやってみる?』と言ってくれて、ぜひ!って」
賢吾さん
「その話を聞いてすぐやろう、と僕も言って。すぐ始めることが大事だと思ったんです。まだお店はほとんどない小さな街だけど、待っていたらたくさんお店が出来ると思った。完成されたものを目指すんじゃなくて、やりながら形作っていくようなお店でいいと思ったんです」
真帆さん
「何をやろうか?と考えた時にコーヒーだな、と。逗子はコーヒーショップがチェーン店しかなかった。会社勤めしているのでお店を開けられるのは週に1回。もともと土曜日はコーヒーを淹れて飲むのが大事な習慣だったから、そんな自分たちの時間を共有できたらいいかなって」
賢吾さん
「庄司家のコーヒータイムを街に開放しようと」
イメージを固めたあとは賢吾さんがロゴやメニューのデザインをし、SNSなどの宣伝ツールを立ち上げ、真帆さんは価格帯を考えたり、コーヒーの淹れ方を職場の仲間に習ったりとそれぞれが経験してきた得意な分野を生かし、でも決して無理をしすぎないことを意識して、開店準備をしたと言うふたり。
真帆さん
「平日は忙しく働いて、なおかつお店の〝完璧″を目指したら動き出すことができなくなってしまう。むしろほんとうに自分たちが休日を楽しんでいる、その空気感をお店にすることを意識して、道具も新調せず家でつかっていたものを持ってきてやろうと」
賢吾さん
「初期投資ほぼゼロ(笑)。看板用にユザワヤで布を買ったくらい。たとえばヨガとか、月1万円くらいで出来る自分のための何かってそれぞれあると思うんだけど、それが自分たちの場合はコーヒーだったっていう感じで。それくらい気負わずに、小さい失敗をいっぱいしながら始められたのが良かった」
そうしてアンドサタデーはオープン。ふらりといろんな人が訪れてはコーヒーとおしゃべりを楽しんでくれる。土曜日を楽しみにしてくれる。そんなお店を持てたことに喜びを感じていたという真帆さん。一方始めて半年ほど経った頃から、徐々に賢吾さんは疑問を感じるようになったと言います。
ものの見方が賢吾くんは線なんだけど、わたしは点
賢吾さん
「出来ることから始めようと言いつつも、最終的には自分たちの場を持つために今出来ることをやっていく、という意識でした。そのために、コーヒーを起点にしつつ編集的な視点を取り入れたいと最初から思っていた。彼女はイラスト、自分は写真やデザインをしたいという気持ちもあった。でも半年間ただただお店を開けてコーヒーを出しているだけ、という時間が続いて『これ意味ないんじゃない?』という気持ちが湧いてきた」
お店を持つこと、場を作ることに対しての現状認識や今後への思い。そんな根本の部分にズレを感じるようになっていったといいます。
真帆さん
「『このままでいいの?』と聞かれても当時はとにかく場を開けること、安定した場を作ることに意味があるんだよ、とわたしは思っていたんです」
賢吾さん
「僕はお互いの良さを相乗効果的に育てたい、ビジョンを持って進んでいきたい、という思いが強すぎたんです」
真帆さん
「ものの見方が賢吾くんは線なんだけど、わたしは点。『これじゃ続かないよね』って言われるたびに、『え?!』ってなるんだけど、寝たらすぐ忘れちゃうし(笑)」
真帆さん
「やだーーー!!!って。賢吾くんはいつも冷静で建設的な言葉を投げてくる。ある意味わたしの一番嫌なタイプ(笑)それに対してロジカルな返しは一切できないんだけどとにかくやだ!!!って言い張った」
賢吾さん
「僕としては1年間『現状のままでいいのか?』って、同じ話しかしてなくて、どういう提案で投げかけても現状が変わらないから『辞めよう』と言ったのだけど、そこもヤダと譲らない。だからもう、そのままふたりでやるしかないという…(笑)」
真帆さん
「わたしは大胆な行動をとるくせに、器用貧乏というか、保守的な部分もあって。でも賢吾くんは人からどう見られようとやりたいことを表現しようとしていて。お店を始めて1年は、何か話し合うと、自分を否定されてる気分になっていたのもあったのかな」
こうしてお店をやらなければ、ケンカとかしなかったかもと思うんです
真帆さん
「『毎日に土曜日を』というキャッチコピーも出てきて、これが『アンドサタデー』で表したいものだって明確になった。逆にそこさえズレなければいいんだと思えるようになって、自然とお互いが得意な部分はお互いに委ねられるようにもなっていったんです。前はふたりでやるからには、1から10まで全部ふたりで!って捕らわれていたことも多かった。賢吾くんが書いたSNSにあげる文章を無駄にチェックして、変えなくてもいいような語尾を修正したりとか(笑)それが、やっとお互いを信頼して手放せるようになってきた」
賢吾さん
「彼女は接客が上手というか、人と人を自然に繋いでいける人。その横で僕は立っているだけ(笑)人見知りなので、実はお店に立つってそもそもちょっとだけ苦痛なことでもあって。でもお店で表したいことが明確になったあとは、毎週テーマを設けては、それに合わせたビジュアルと文章を作って、雑誌の特集を紹介するようなイメージでSNSに告知して、とやってみたいと思うようなチャレンジをしていくことが出来るようになった。そうしたら来てくれるお客さんの輪が広がって、ライティングやデザインの仕事を『アンドサタデーにお願いしたい』って依頼をもらえるようになったり、台湾のイベントに呼んでもらえたり。それはすごく嬉しくて」
確かにつぎの一歩が踏み出せた、と感じた真帆さんは今年、会社を辞めフリーランスに。ふたりで見つけた「毎日に土曜日を」というコピーを体現するかのように、春からは土曜日以外の曜日も週に数回、お店を開けるようになりました。いつかはアンドサタデーとして、ふたりで完全に独立したい、と賢吾さんは言います。
賢吾さん
「ゆるいふたりなので、こうしてお店をやらなければ、ケンカとかしなかったかもと思うんです。お店を始めてから初めて『思ってた人とちがった』って、思ったし。(笑)でもそれが良かった。お互いの不得意を突きつけられたけど、それがあったから背伸びしない、自分たちらしいメッセージを見つけられたのかなって。」
真帆さん
「今後やりたいことはたくさんあって、いつかはゲストハウスをやりたいな、とか。でも、たとえここに来てもらえなくても、自分たちの発信するものに触れて、少しでも緩んでもらえたらいい。そんな場や機会を広げていきたいなって思っているんです」
取材後記
朗らかで穏やかそうなおふたりは、実はとんでもなく意思の強い頑固なおふたりだった!と話を聞きながら感じました。「毎日に土曜日を」。心を緩めて、ちょっとした喜びや楽しみに触れる時間。そんな時間を持つのは簡単なようで、実は意識して立ち止まらなければなかなか持てないものでもあるなあ、と改めて思ったのです。「ずっとここで働くとは思えなかった」「職場じゃなくて暮らしを起点にしたかった」と、転職や引っ越しという転機の理由をそう語るおふたりは、意識して、そして意思を持って、何度もあえて立ち止まろうとしていたんじゃないかな、とも思います。立ち止まった場所で見ること、感じること。それは何かを変えたり、始めたりするきっかけになるかもしれないし、きっかけをつかんだら、出来ることから一歩一歩、そこに向かっていけばいいんだな。そんな風に思いつつも、とはいえ。その「一歩」を踏み出すのもまた、言葉するよりもずっと難しいものです。
そんな一見簡単そうで、実はとっても難しいことをやってのける賢吾さんと真帆さんは、まちがいなく意思が強く、そしてこうと決めたらぶれない、あきらめない、とても頑固なおふたりだと思ったのです。(褒めています!)
静かで冷静な賢吾さんと明るく活発な真帆さん。真逆でありつつも互いに意思が強く頑固なふたりが揃った日には、思い描くことはなかなか重ならないだろうし、相手に合わせたふりもしないだろうし…。何度も激しく衝突しては火花散る激しいけんかとはまたちがう、膠着したまま両者見つめ合いジリジリ時が流れるような、なんともじれったいけんかの形を見た気がします。
夫婦の関係もまた最初の一歩を踏み込む時が一番難しいのかも、なんてことも思います。賢吾さんの一歩は「辞めよう」と言った時、真帆さんの一歩は「ヤダ!」と抵抗して見せた時だったのかもしれません。でもそんな一歩を経て、正面衝突した後に築いたのが「アンドサタデー」だなんて素敵です。一歩を進めるのは難しくも、なんて大きな意味をもつものなのか。ふたりの話からそんなことをしみじみと感じたのでした。
<<連載もくじ はじめに>>
中村暁野(なかむら・あきの)
一つの家族を一年間にわたって取材し一冊まるごと一家族をとりあげるというコンセプトの雑誌、家族と一年誌『家族』の編集長。夫とのすれ違いと不仲の解決策を考えるうちに『家族』の創刊に至り、取材・制作も自身の家族と行っている。8歳の娘と2歳の息子の母。ここ最近の大げんかでは一升瓶を振り回し自宅の床を焼酎まみれに。
夫はギャラリーディレクターを経て独立し、現在StudioHYOTAとして活動する空間デザイナーの中村俵太。
家族との暮らしの様子を家族カレンダーhttp://kazoku-magazine.comにて毎日更新中。
馬場わかな(ばば・わかな)
フォトグラファー。1974年3月東京生まれ。好きな被写体は人物と料理で、その名も『人と料理』という17組の人々と彼らの日常でよく作る料理を撮り、文章を綴った著書がある。夫と5歳の息子と暮らす。そんなにケンカはしないが、たまに爆発。終わればケロリ。
著書に『人と料理』(アノニマ・スタジオ)、『Travel pictures』(PIE BOOKS)、『まよいながら ゆれながら』(文・中川ちえ/ミルブックス)、『祝福』(ORGANIC BASE)がある。
アノニマ・スタジオWeb連載TOP > ケンカのあとは、一杯のお茶。 もくじ > その6 「ゆるゆると、でもジリジリと。とにかく一歩、踏み込むけんか」
Copyright(c) Akino Nakamura & anonima-studio