京都にはなにもかもある。
大げさでなく、年を重ねて、つくづく思うことです。
生まれ育った京都を離れ、ふたたび暮らし始めて、ようやくわかりました。
自分が探しているものは、みんなここにあったのだと。
どこまでも歩きたくなる町並み、すぐそばにある山と川、お祭り、おいしいもの、美しいもの。
受け継がれるもの、だれかのための祈り、人と人のつながり。
知りたいこと、見たいもの。
わたしの心を動かすものが、みんなここにあったのです。

10代、20代はわかっているようで、ちっともわかっていなかった。
灯台下暗しもいいとこです。
京都のおもしろさ、奥深さに、すっぽりとはまって、京都の祭事を追っかける日々を送っています。

京都はいつも「今」が楽しい。
いつ来ても、そのときどき、出会えるものがあります。
ケ=ふだんの京都と、そのつづきにあるハレの京都へ、これからご案内します。

01 桜が咲いたら、そわそわと。


桜の季節が来た!と思う、長徳寺のおかめ桜
さて、春です。
京都の春。春は桜。
京都の桜暦はゆっくりと、
ひと月にわたってつづきます。
3月半ば、出町柳にある、

長徳寺のおかめ桜

が咲いたら、はじまり。
南から北へ、街中から山間へ、
日本列島の桜前線のようにだんだんと、
見頃の名所が移り変わっていきます。
〆は4月半ば、遅咲きで知られる、

仁和寺の御室桜



いつもの景色を別世界にしてしまう、
桜のすごさはそこやなと思います。
もうそろそろかなあと、
いそいそ見に行く、桜があります。


琵琶湖疎水から白川に分岐するあたり
美術館が集まる岡崎の、

白川沿い


ここは、わたしにとって、「ケ」の桜。
用事のついでに、ふわふわと足が向かいます。
1人ずつしか渡れない、小さな橋がかかっていて、
ランドセルの小学生も通る、地元の人が歩く道。
水面に迫り出すように桜が咲いて、
春一色。わあっと胸が高鳴ります。




哲学の道の、花筏
ここを起点に、
疏水沿いの桜をたどって、

インクライン

まで。
あるいは、

白川

をたどって、祇園まで。
時間と体力まかせ、気の向くまま、
ひたすら桜を追っかけて歩きます。




鴨川沿いの桜
京都の中心を流れる、

鴨川

沿いも、えんえんと桜。
七条、五条、四条……と、南から北へ、
日に日に桜が咲いて、
「五条まで咲いてたで」と、
家族で報告し合うのが毎年の慣わし。
そうやってだんだんと、春に満たされていくのです。
気の置けない友だちとのお花見も、鴨川。
鴨川は、京都に暮らす人にとって、
生活サイクルの一部。
季節の移り変わりを知らせてくれる場所です。


平安神宮の紅しだれ桜
「ハレ」の桜は、
遠くからのお客さまを案内したい、桜。
「細雪」の四姉妹が愛した、

平安神宮の八重紅枝垂れ桜


京都にいると観光地はあんがい足が遠のくもので、
昨春、機会があって訪れ、惚れ惚れしました。
天から降り注ぐような、ピンク色。
小説の中の桜を体感できるのは楽しいです。
枝垂れ桜で知られる

円山公園


さまざまな品種が咲きそろう

平野神社

は、
盛大に花見茶屋が出て、
お酒を楽しみながらわいわいできます。
夜風に吹かれて、ふわりとほろ酔い。
肌寒くとも、うきうきします。
桜守、

佐野藤右衛門邸

の桜もとっておき。
春のみ公開される、知る人ぞ知る、桜。


東福寺のそば、舞い散った桜
春が来たら、あの桜に会いにいく。
そんな桜があるのは、しあわせなこと。
いろんなことがあっても、
桜はちゃんとまた咲いてくれる。
こんなありがたいことはない。
そうして、5年後、10年後……、
桜とふたたび会えた喜びは、
想像を越えて、大きくなっているのです。


京のおやつ


桜餅
季節を知らせるのは、花だけにあらず。花よりだんご、和菓子屋さんが暦に気づかせてくれます。ガイドブックにのっていない、小さな和菓子屋さんが京都にはまだまだたくさんあって、“ケ”=ふだんのおやつとしてご近所さんに愛されています。京都の桜餅は、道明寺のお餅を桜の葉の塩漬けで包んだもの。ふわっと桜が香って、桜が咲くより早く、春を感じさせてくれます。花見だんごやうぐいす餅もいっしょに並んで、春爛漫。春のあの、わくわくする気持ちを、思い出させてくれます。子どもの頃から親しむ、末廣屋で。

著者プロフィール

宮下亜紀(みやした・あき)

京都に暮らす、編集者、ライター。
出版社にて女性誌や情報誌を編集したのち、生まれ育った京都を拠点に活動。「はじめまして京都」(共著)のほか、「イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由」(イノダコーヒ三条店初代店長 猪田彰郎著)、「絵本といっしょにまっすぐまっすぐ」(メリーゴーランド京都店長 鈴木潤著、共にアノニマ・スタジオ)、「雑貨店おやつへようこそ 小さなお店のつくり方つづけ方」(トノイケミキ著、西日本出版社)など、京都の暮らしから芽生えた書籍や雑誌の編集を手がける。
www.instagram.com/miyanlife/


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