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宮本しばにの素描料理宮本しばにの素描料理宮本しばにの素描料理

文・写真・題字/宮本しばに


第1回 豆腐カツレツ

 陶芸家は土を練る。
 染織家は糸をたぐる。
 画家は絵を描く。
 人は台所に立って料理をする。
 そこにあまり差はないように思う。料理は立派な「手仕事」だから、台所仕事を軽んじてしまわないように、私も身を引き締めて料理に没頭しよう。

 最近はなるべく食材ひとつで料理するようにしている。味もできるだけ複雑にしない。1+1が2になるような素直な料理が好きだ。台所で料理の仕上がりを想像しながら手を動かす。おいしそうな音や香りを出す。私にとってこの場所は、家事をするところというよりむしろ、ものづくりの現場なのだ。
 黙々とひと皿のために働く。食卓の華やかさは考えない。何の変哲もない料理がいい。目立たずともおいしいもの。食材自身が喜んでくれるような、そんな料理を作ろう。飾らず、作為のない料理でありたいと思う。

 去年、京都・法然院でクラヴィコード(14世紀に修道院や教会で祈りのために使われたと言われるピアノの原型)奏者の内田輝さんの演奏会があった。友人である彼がリハーサルをしているあいだ、私はひとり縁側に座り、その庭の澄んだ緑を、ゆっくりと眺め愉しんだ。目をつぶると蝉や蛙の声と共に、クラヴィコードの音色と、「鹿威ししおどし」の打つ音が耳に入ってくる。体も心も鎮まり、それが足を伝って地面に沁み込んでいく。禅的な体験とでも言おうか。そのときに「素描料理」という言葉が浮かんだ。以来ずっと、その意味を考え続けている。

 「素描料理」は私の造語だ。拙著『野菜たっぷり すり鉢料理』(アノニマ・スタジオ)の装画を手がけた素描家・しゅんしゅんさんとの出会いがきっかけだ。「素描家」という言葉にドキドキした。思わずその意味を検索したほど、その粛然とした響きに心惹かれた。

 素描とはデッサンのこと。鉛筆や木炭などの単色の線で物の形を表した絵のことだ。絵画の基礎や土台になるものであり、読んで字の如く、「素」を「描く」ことだ。
 この連載コラムの第一弾としてしゅんしゅんさんと素描について対談をしたのだが、その時に彼が素描画のことを「素直に、素朴に、素早く。そばにあるもので、できることをすればいい」と表現した。その言葉を聞いて、頭の中の霧が晴れて、ストンと腹に落ちた。そうそう、そうなのだ。素描料理もこの3つが重要なのだ。自分が作りたい、食べたい、と思う素直で衝動的な気持ちと、余計に飾らず小細工しない料理だ。そのひと皿には、その人にとって大切な何かがあるかもしれない。心が温かくなったり、清々しい気持ちになったりするような背景もあると思う。それは人によって感じ方が違うから、みんなそれぞれ違っていいのが素描料理だと思う。しかしその定義は今はまだぼんやりとしている。

 今日は豆腐カツレツを作る。
 手間もかからず、簡単に作れるので、料理が下手だった20代の頃の私には好都合で、馬鹿のひとつ覚えのようによく作った。ある尼寺の住職が作っていたのを真似たのがきっかけだが、「1、2、3、はい出来上がり」で作れる料理は今も昔も心地いい。
 長いあいだ、この料理を作っていなかったが、冷蔵庫の中でぽつんと孤独に待っている豆腐を見たら俄然作りたくなった。




 木綿豆腐を布に包み、軽いまな板を乗せる。外側のサックリ感と内側のやわらかさ両方を出したいから、水分を取るために乗せる重しは軽いほうがいい。
 1時間ほど重しをしたら2cmほどの厚さに切り、両面に塩コショウする。食べるときにソースをかけるのだから、塩コショウはいらないのではないかと頭をよぎるが、料理は小さな積み重ねでおいしくなる。塩ひとつまみで味がぐんと良くなることだってあるから、ここはやっぱり外せない。
 普通のカツレツは、小麦粉→卵→パン粉の順に付けるが、今日は卵を入れずに精進料理にする。薄力粉にベーキングパウダー少々を加えて水で溶く。これが卵の代わりだ。衣はサラサラすぎても、硬くなりすぎてもいけない。豆腐が均等に衣をまとうぐらいのトロリとした衣を作る。この衣を付けたら、最後に生パン粉を着せる。



 さぁ、揚げに入る。まず、南部鉄フライパンに太白ごま油を2cmの深さまで入れて火をつける。しばらくしたら油にパン粉をひとつまみ入れてみる。細かい泡が立って、ふわーっと広がれば中温になったサインだ。豆腐をそっと入れる。衣が剥がれてしまわないように1分ぐらいは触らない。そのあとは何度か菜箸で裏返しながら、おいしそうな色になるまで揚げる。



 豆腐を揚げながらソースを作る。醤油、濃厚ソース、マヨネーズを同量ずつ混ぜる。これで終わり。分量を覚える必要もないほど簡単なのに、時間をかけたような味になるのが気に入っている。このソースは洋食によく合うから、コロッケや野菜ハンバーグにも使っている。

 食卓についた夫が小さな声で「あ、ご馳走だ」と言った。






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宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




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