アノニマ・スタジオWeb連載TOP > 素描料理 もくじ > 第4回 新玉ねぎの和スープ


連載もくじ >>

宮本しばにの素描料理宮本しばにの素描料理宮本しばにの素描料理

文・写真・題字/宮本しばに


第4回 新玉ねぎの和スープ

 素描とは……。
 白洲正子さんが『たしなみについて』(河出書房新社)のなかでこう書き記している。

「素描は、いわば絵画の骨とも云える様な、地味ではえない仕事です。しかも、油絵に向かう場合、何としてもまず目にふれるものは色であり、まず描きたいものも色であります。それは、私達が結果だけを見て、その背後にある地味な生活、長い長い歴史を忘れるようなものなのです。」

 この文章は、私が探していた答えだった。
 「素描料理」は私が作った造語だから、この言葉の意味をうまく言い表さなければいけないのだけれど、ここ一年は悶々としている。いや、この言葉にたどり着くまでが長かった。料理の仕事を始めた頃からだから、このもどかしさは20年続いたことになる。

 素描料理をこんな風に考えてみた。
 毛糸玉から1本の糸が出ている。それを指で摘んで引き出す。
 毛糸玉は料理の土台になる経験や歴史。そこから1本の糸、つまり、ひとつの料理が生み出される。この糸が素描料理だ。

 レシピ通りに作る。教室で習った料理。食材ひとつ欠けると作れない。
 そんな枠から素描料理はずっと遠く離れたところにあるように思う。舌、感性、経験、知識などをぎゅっと凝縮させて、そこから1本の糸を引き出すように、料理で表現する。料理は台所に立ったその瞬間から始まるから、素描料理というのは、台所仕事すべてを指すのかもしれない。
 どんなふうに調理すれば食材を生かせるのだろう。どの道具を使おうか。時計を見ながら手を動かし、台所を走り回る。すべてはひと皿のためにある。
 食事を終えると、つつましい安らぎで心が満たされている。台所に立った人にしか分からないであろう、ささやかで静かな喜びだ。
 まず台所に立つこと。ごまかさないで料理してみること。面倒だからと、袋を破っただけの料理じゃ、毛糸玉は巻けない。

 素描料理の約束事を記しておこう。

 余計なものはできるだけ省く。
 簡素にすることに努める。
 すっきりとした姿形。
 見えないところに時間をかける。
 好きなように、自由に。自分の今を表現する。

 読み返してみると、これは生きるための心得だなと思った。


 



 さて、信州にも遅い春がやってきた。
とはいえ4月はまだ肌寒い日が多いから、今日は新玉ねぎで「和スープ」を作ろう。




 土鍋に水を7分目ぐらい(約800ml)張り、大きめの昆布を入れる。15分ぐらい置いてから弱めの火を入れておく。
 隣のコンロで、縦半分に切った小さめの新玉ねぎ4個を鉄フライパンで焼く。




 玉ねぎに焦げ目をつける。この焼き色はスープのおいしさになるから、しっかり目に。




 焼けた玉ねぎを土鍋に移し、沸騰させる。




 次に調味料を入れる。
 日本酒を1/3カップほど。調理酒は使わない。飲んでおいしい酒を料理に使う。
 薄口醤油とみりんは大さじ1ずつ。砂糖は小さじ半分ぐらいか。
 みりんと砂糖の役割は違う。みりんはやわらかい甘みとコクを出す。いっぽう砂糖はストレートに甘さをつけたい時に使う。砂糖の甘みは強いから、入れすぎないように注意する。みりんをまず入れて、砂糖は様子をみながら入れる。
 塩を加え、味をととのえる。この時点では大まかな味付けでいい。
 蓋をし、おでんのようにじっくり煮る。玉ねぎが口の中で溶けるぐらいだから、1時間半ぐらいだろうか。
 途中で一度だけ味をみて、必要に応じて調味料を足す。




 煮ているあいだ、仕上げ用の粒胡椒をすり鉢で粗くくだいておく。
 忘れた頃に土鍋の蓋を開けると、スープがベージュの濁色になっている。玉ねぎも昆布も崩れそうにやわらかい。




 最後に味を確認する。微量の調味料でも変わってしまうから、慎重に味をととのえる。
 器に盛り、黒胡椒をパラリと散らす。

 今日はこのスープに、タケノコと椎茸の天ぷらを添える。それに羽釜で炊いたごはんで一汁一菜。簡素で、すっきりとした食卓だ。
 食事を終えた瞬間、夫も私も「あぁ、おいしかった」とため息をついた。







連載もくじ >>

宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




アノニマ・スタジオWeb連載TOP > 素描料理 もくじ > 第4回 新玉ねぎの和スープ