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文・写真・題字/宮本しばに
第5回 雲片焼きそば
「真結び」という結び方がある。「固結び」の別名だが、同じ方向に2回結ぶのが「縦結び」。真結びは一度結んだら、今度は反対に結ぶ。すると結び目が本体と同じ方向になる。頑丈で解けないのに、解くときは一方を引っ張るとスルリと抜ける。美しくバランスがいい。ワークショップで時々、「禅寺椀セット」を使ってこの真結びのことを伝えている。
禅寺椀セットというのは私があつらえたもので、漆黒の三重椀(僧が食事や托鉢のときに使う椀で、応量器や持鉢とも呼ばれる)、箸、スプーンが藍染の大津袋に入っている。参加者は各自、この大津袋の結び目を外して食事の支度をする。食事を終えたら使った椀を洗って袋にしまい、真結びを結んで終了となる。
真結びの説明はこんなふうだ。
「まず自分が慣れている方向に結んでください。次にその方向と逆に結んでください。そう、違和感を感じる方向です。結び目がきれいに収まっていますね。これを真結びと言います。結び終えたときの、このすっきりとした心地よさを覚えてください。ととのう、とはこういうことです」
料理も同じなのだと思う。バランスが取れていると、食べたあとはお腹だけではなく、心も落ち着く。真結びを結んだときのように、からだがすっきりと収まる感じがする。
バランスはみんな違うだろうし、天気やその日の気分、住む環境によっても変わってくるだろう。
先日の我が家の献立はこうだ。
「春野菜の生地なしキッシュ」「キャベツのサブジ」「羽釜ごはん」
フランス料理とインド料理のごちゃ混ぜで、主食はパンではなく、ごはん。一見するとアンバランスな献立だけれど、食べたときの何と心地よいことか。ベッドに入ってもその感覚は残っていた。きっと明日の真結びは違うのだろうし、何がその日の良きバランスになるかは、台所に立ったときまで分からない。
「塩梅」という言葉がある。古い中国の書に「塩多ければ塩からい。梅多ければ酸っぱい。両者半ばすれば塩梅なり」という一節がある。
塩梅とは料理の味加減や、物事の具合のことを指す。台所で「いい塩梅だ」と言えば、それは「おいしい」を意味する。
例えば日本料理の基本は塩味:甘味=1:1。この割合が真結びの起点で、そこから料理ひとつひとつのいい塩梅を見つけていく。
辛み、甘さ、酸味、それぞれは尖っていないか。塩加減はどうか。そうやって味のバランスを計っていくことが台所仕事だから、誰かのレシピをアテにしてはいけない。料理は環境や調味料によっても変わってくるし、夏と冬ではその塩梅も変わってくる。真結びになる瞬間は毎度、自分の舌で確かめることが大事だ。そうやって繰り返していくうちに、やがて押しも押されもせぬ「わたしの料理」となる。家族みんなが共有できる宝だ。宝がひとつ増えたときにいつも思う。私はこのために台所に立っているのだと。
「雲片」という葛煮がある。普茶料理(江戸時代初期に中国から日本に伝わった精進料理)のひとつで、隠元禅師が伝えたと言われる。雲片は元々、調理のときに出るくず野菜を刻んで作ったのが始まりで、どこにでもある野菜を使い、味付けもシンプル。老若男女に喜ばれる料理だ。簡素で、食材を生かせる雲片は、まさに素描料理と言えるだろう。
私は冷蔵庫の野菜室を掃除するときに、この料理と合わせて麺料理をよく作る。
今日は「雲片焼きそば」。いわゆる中華あんかけ焼きそばだ。麺と相性がよいので、夏はそうめん、冬はうどんなど、麺と季節の野菜を自由に合わせている。セロリのような香りが強い野菜を入れるのも好きだし、夏はトマトを入れてもおいしい。
暑いときも寒いときもこの素朴な料理は、からだと心をやわらげてくれるのだ。
この料理のために野菜をわざわざ買うことはしない。家にある野菜を使うのがこの料理のよいところで、意外な発見をするのもまた楽しい。
今日はキャベツ、玉ねぎ、じめじ、ブロッコリー、カラーピーマン、油揚げを使う。生姜ひとかけは必ず入れる。
まず、濃口ごま油大さじ1を土鍋に入れ、弱火で火をつける。
土鍋を温めているあいだに生姜を千切りにし、土鍋に入れる。
次に玉ねぎを薄くスライスして、これも土鍋へ。塩ひとつまみを入れる。
程なくすると、土鍋からピチピチと音がしてくる。土鍋が熱くなった証拠なので、中火で数分炒める。
残りの野菜と油揚げを順々に、切っては炒め、切っては炒めていく。
食材を全部入れたら日本酒大さじ2ほどを入れ、さっと炒めて蓋をする。
弱めの中火で蒸し煮する。5分ほど蒸すと野菜の旨味が出てくる。蓋を開けると野菜から水分が出てきて、いい香りだ。
ここで昆布だしを300mlほど入れる。野菜のかさよりも若干少なめの量だ。野菜の量に応じて水分量は変える。スープではないので、だし汁はあまりたくさん入れない。
沸騰したら蓋をして野菜がやわらかくなるまで煮込む。
5、6分もすれば、野菜はやわらかくなるはずだ。蓋を取り、薄口醤油とみりん各大さじ1(300mlのだし汁に対して)を入れ、いい塩梅になるように塩、こしょうで味をととのえる。
水溶き片栗粉でとろみをつける。麺を絡めて食べるので、とろみは少しきつめに。
濃口ごま油をひとまわし。これで雲片の出来上がり。
次に焼きそばを焼く。
鉄フライパンに太白ごま油を大さじ1・1/2〜2入れて強火で熱する。
フライパンが熱くなり、煙が出てきて一呼吸おいたら焼きそば麺(2玉)を入れる。火加減は終始、強火。
日本酒を大さじ1ぐらい振りかける。麺がほぐれてふっくらする。できるだけ麺を広げる。
塩をふたつまみほど、麺全体にかける。炒めるというより、木べらを麺に押し付けながら焼き付ける。時々裏返す。
麺がこんがりしてきたら、醤油を鍋肌にひとまわしする。麺に直接かけるのではなく、鍋の縁にかけて焦がすように。
さっと麺を炒め、もう一度醤油を鍋肌にひとまわし。焦がし醤油の香りを麺に付けるように焼く。
こしょうを振って味を見る。必要に応じて塩をふる。麺だけでもおいしいと感じる塩加減にして皿に盛りつける。
食卓に雲片と焼きそばを並べ、各自、取り皿でいただく。
中華焼きそばが大好物の夫が、この料理を嬉しそうに平らげた。夫のために、いつも焼きそば麺は3玉用意する。
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宮本しばに
創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/
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