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文・写真・題字/宮本しばに


第7回 パスタ・ビアンコ

 忘れっぽいくせに、おいしい記憶は忘れない。
 どこそこで食べたあの味が、何かの拍子に蘇ってくる。

 メキシコ・サンクリストバルで、郷土料理屋のインディオおばちゃんが焼いてくれたトルティア。
 南イタリア・プーリアの、ニーナさんが作ったトマトパスタ。
 フランス・プロヴァンス地方で、農家民宿をやっているローズマリーさんのズッキーニ炒め。
 遠足のときに母が作ってくれたお稲荷さん。

 おいしい情景として記憶している、そのほとんどは家庭料理だ。暮らしの中で覚えた料理には迷いがない。舌に感じる引っかかりがなくて、すーっと喉を通る。「きれいな味」なのだ。家族や友人たちのためにずっと作ってきた料理に勝るものはないのだと思う。

 迷いがない。
 これは料理をする上で、とても大事なことだ。
 主婦として台所に立って35年になるだろうか。料理で迷うことは少なくなったけれど、まだ自分の味に苛立つことがある。とくにお惣菜は手強い相手だ。夫がおいしいと言っても、私は首を横に振る。料理に正解はないから、「わたしの味」になるまで探し続ける。
 ある日「筑前煮」を久しぶりに作ってみた。食べてみるといい塩梅で、味のバランスが取れていた。たかが筑前煮ごときで、と思われそうだけれど、お惣菜はひとりひとりの味が違うから、ひとつの料理を「自分のもの」にするには年月がかかる。だから家庭料理の王道である筑前煮が自分のものになったときは、宝ものを見つけたようで嬉しかった。難しい方程式が解けたように目の前が明るくなった。すると不思議なことに、料理に対する色々なモヤモヤも、うそのようになくなってしまった。
 ひとつを知ると、景色全体が違って見えてくる。階段を一歩、登った気がした。

 私には台所道具という強い味方がいる。だから迷ったら道具に相談することにしている。
 土の道具。木の道具。鉱物の道具。それぞれの持ち場で、しゃにむに働いてくれる。
 「食材の素を調理しろ。
 湯気を出せ、香りを出せ。
 失敗してもいいんだ。
 簡素でいいんだ。
 ありのままでいい。それでいい」

 そう道具は私に話かける。道具を友にしたら、自然と目新しい料理や、体裁のいい料理には目もくれなくなった。母が作ってくれたお稲荷さんのような、温かくてシンプルで、素の料理を愛するようになった。なーんだ、わたしが探していた料理は、最初から目の前にあったんだ。素描料理と道具は、切っても切り離せない。

 何かに迷ったり、悩んだりしたときに、人はよく本を読んだり、専門家の話を聞きに行ったりする。肝心なのはそのあとだ。頭で分かっただけじゃ、結局「つもり」になっているだけで、自身は何も変っていない。自力で答えを見つけなきゃね。どんな道も「近道」はないのだから。






 さて、今日はすり鉢で「パスタ・ビアンコ」を作る。夫の大好物だ。
 アーリオオーリオ・ペペロンチーノのような「オイル系パスタ」は簡単そうで難しく、どうすれば味が安定するのだろうかと悩んでいて、思いついたのがこのパスタだ。
 ビアンコとはイタリア語で「白」という意味。パスタ、にんにく、オリーブオイル、パルメザンチーズ、塩コショウという、シンプルな材料で作る。
 季節の野菜をトッピングしてもいい。春はアスパラガスや菜の花。夏は茄子やインゲン。秋はキノコ。冬は蓮根など、何をのせても楽しい。炒めたり、茹でたり、火を通してパスタの上にのせる。
 今日は焼き網で舞茸を焼いてみよう。






 まずパスタ用の湯を沸かす。
 湯1リットルに対して大さじ1の塩を入れる。ここが一番のポイント。パスタを塩ゆですることで、仕上がりの味がボケない。






 隣のコンロで舞茸を焼く。
 舞茸は適当にほぐし、オリーブオイルをかける。こうすることで火の通りも早く、食材が乾燥しにくい。
 舞茸が焼き上がったら好みのサイズに裂いて、塩を振っておく。






 さぁ、次は「パスタ・ビアンコ」を作る。
 小鍋にオリーブオイル大さじ3と、スライスしたにんにくをひとかけ入れ、火をつける。弱火だ。火を強くするとオリーブオイルににんにくの香りが移る前に焦げてしまう。





 にんにくに泡が出てきたらパスタ160g(二人分)を茹で始める。スパゲッティーニ(1.6mm)を使う。
 パスタを茹でているあいだに、すり鉢に粒黒こしょうを15粒ほど入れ、粗ずりしておく。トッピング用に少しだけ別の皿に移しておく。





 小鍋のにんにくが薄茶色になったら、オイルごとすり鉢に加える。





 パスタが茹で上がる1分ぐらい前に、茹で汁1/4カップほどをすり鉢に入れ、すりこぎでグルグル混ぜる。





 すりおろしたパルメザンチーズを軽くひとつかみほど(1/4カップ〜)入れて、すりこぎで混ぜる。ドレッシングを作る要領だ。混ぜるといったん乳化するが、しばらくすると分離する。この辺はあまり神経質にならなくていい。パスタを入れる直前にまた混ぜよう。





 パスタが茹で上がったら水気を切って、すり鉢に入れる。
 ここでもうひとつかみのパルメザンチーズを入れる。
 トングなどを使ってよくからめる。これで出来上がり。パルメザンチーズをあまりケチらないことが、おいしくする秘訣だ。
 パスタを皿に盛り付け、焼き舞茸をトッピングする。
 残しておいた黒こしょうと、パルメザンチーズを好みでふりかけ、食卓へ。

 「こういうパスタを食べると、気分が上がるよね」
 皿を洗いながら夫がそう言った。









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宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




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