アノニマ・スタジオWeb連載TOP > 素描料理 もくじ > 第10回 春野菜のフリッタータ


連載もくじ >>

宮本しばにの素描料理宮本しばにの素描料理宮本しばにの素描料理

文・写真・題字/宮本しばに


第10回 
春野菜のフリッタータ

 「茶の湯」の大成者として後世にもっとも影響を与えたのが千利休だろう。簡素で不完全な美しさ「侘び寂び」を追求し続けた茶人だ。ちなみに「茶の湯」はお茶を点てること自体を指すもので、「茶道」はそれを体系的に学び、自身を向上させていく芸道のことだ。
千利休というと、遠く離れた別世界の人というイメージがあるが、つらつらと書物や逸話を読んでみると実に面白く、茶の湯を知らない私でも、千利休の訓えひとつひとつが腑に落ちて、心がすっきりと晴れてくる。

 千利休は茶の湯のことを、こんな一句で表している。
 
 「水を運び、薪をとり、湯をわかし、茶を点てて、仏にそなえ、人にも施し、われも飲む」
 (千利休『日本人のこころの言葉』〈創元社〉より)

 私なりに訳してみた。
 茶の湯は決して特別なことではなく、ただお茶を入れて、客人と共に愉しむ「もてなし」のことだ。余計なことはせず、当たり前のことをただ当たり前にすればいいのだ。そして何よりも自他共に愉しむことが、真のもてなしである。

 これをさらに、台所仕事に置き換えて解いてみた。
 湯を沸かし、煮炊きをして、普段どおりに台所仕度をする。季節の食材を生かすことに勤め、食べる人を想う。料理は温かいうちに食卓に運び、「いただきます」と手を合わせて感謝し、食を共にする人たちと愉しむ。

 当たり前のことを当たり前に行うというのは、実は簡単なことではない。
 今の時代は寒い季節に夏野菜を食べ、レトルトごはんを温める。家族みんなで食事をする余裕はなく、お茶はペットボトルから注ぐ。こんな暮らし方が、もはや珍しいことではなくなってしまった。
 その時代の「当たり前」は変化していくのだろうけれど、昔も今も変わらない「当たり前」もあるはずだ。台所で料理する風景は、この先もずっと「当たり前」に続いていく日常なのだ。
 おいしい香りと湯気で人を励まし、みんなの心が荒まないように心配りをすることが、「料理する」の裏の意味ではないだろうか。普通のことを淡々と毎日やり尽くすこと。人として一番大切なことなのかもしれない。






 信州の春は遅い。4月の終わり、待ちに待ったアスパラガスが直売所に並ぶと、やっと上着を脱いで歩けるようになる。今日はアスパラガスと春セリで「フリッタータ」という、イタリア版卵とじを作ろう。
 使う道具は鉄フライパンだけ。食材を炒めて卵液を注ぎ、蒸し焼きをする。季節感を表現できる料理なので、なるべく今しかない旬の食材を選ぶ。
 イタリアでは野菜、ハーブ、チーズを入れて焼き上げる家庭料理で、見た目がピザに似ているので、私は「卵ピザ」と呼んでいる。今日は庭で出はじめたオレガノ、タイム、野みつばを入れることにする。






 まずはアスパラガスの下準備からスタートだ。根元数センチは硬いので、そこはカットするが、私はいつも手で折る。根元の硬い部分あたりを曲げると自然に折れるのだ。難しければ包丁の刃を入れながら硬いところを探してカットしてもいい。次に下3cmほど、筋のある皮をスライサーで剥いてから、全体を長さ1.5cmほどの輪切りにする。
 セリは4cmのざく切り、トマト1個は薄い輪切りにしておく。






 卵4つをボウルに入れ、パルメザンチーズ山盛り大さじ3、牛乳大さじ2、塩ふたつまみ、こしょう少々を入れ、泡立て器で混ぜる。
 味を見ながら、程よい塩味にする。何も付けないで食べる料理だから、ここでしっかり味を付けておく。






 鉄フライパンに大さじ1ほどのオリーブオイルを入れて火をつける。火力は強火だ。
 底全体に油を行き渡らせ、煙が出てきてくるまで待つ。煙を出すのが肝心だ。底に油膜ができ、食材がくっつかなくなる。
 煙が出て一呼吸したら中火にし、アスパラガスを入れる。






 香りが出はじめ、色が鮮やかになるまで30秒ぐらいだろうか。セリも加えて15秒ほど炒め、塩、こしょうする。






 卵液を流し入れ、トマトの輪切りを全体にのせて蓋をし、弱火にする。






 10〜15分、そのまま蒸し焼きする。






 蓋を開け、卵の中心が固まっていたら火を止める。






 庭で採ってきたハーブたちをちらし、蓋をして1分。ハーブがふんわり香ってきたら出来上がり。






 フライパンごと食卓に出してもよし、皿にのせてもきれいだ。

 今日はパスタと一緒に。
 夫は卵料理が大好きで、しかもパスタには目がない。嬉しくてしょうがないといった様子で食卓についた。夢中に食べている夫を見ながら、私もフリッタータで春を味わう。
 残ったフリッタータは次の日、お昼のサンドイッチになる。夫いわく「このサンドイッチが一番好きかも」。








連載もくじ >>

宮本しばに

創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/




アノニマ・スタジオWeb連載TOP > 素描料理 もくじ > 第10回 春野菜のフリッタータ