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文・写真・題字/宮本しばに
第11回
イエロースープ
ふと、ひらめいた。100のレシピより10の土台を知る方が、料理は楽で自由になると。
「土台」とは、ひとつの料理を作るときのベースとなるもの。建築で言えば基礎工事だろうか。武道の「型」にも近いかもしれない。根っこだ。木の根のように見えないところにあって、幹や枝を支えるところだ。
日本画家・千住博氏が以前、TVのインタビューでこんなことを言っていた。
「日本画の基本である胡粉(貝殻を焼いて作った顔料)を下地として塗る作業がありますが、この基本中の基本から一歩も踏み出してはいけないのです。40年ずっと同じことをやり続けています。近道もなければ、楽をしてできることもないのです」と。
何事も、闇雲に自由にやっても良いものは生まれない。まず基本を覚え、そこから自分の形というものを作っていくのが真っ当であろう。
では料理の土台とはどんなものなのか。
例えばグラタンを作ろうとする。その土台となるのは「ルウ」だ。いつも冷蔵庫に入れておいて、今日は何を作ろうかというときに、家にある食材と相談しながら料理を決める。どんな食材があるかで、時にはホワイトシチューになったり、カレーやスープにもなる。
日本料理の「八方だし」も優秀な土台だ。醤油、みりん、だしの割合を覚えれば、数え切れないほどの料理が作れる。
また、今回の「イエロースープ」はスープ自体が土台となり、そこに自由に具材を入れていく。
料理にはそれぞれの土台がある。それは調理法であったり、味付けであったり、軸になる部分は違うのだが、その土台に「家にある食材」をマッチングさせていくという考え方だ。どんな料理を作るかは後回しで、まずは今、どんな食材があるかを確認しながら、合う土台を探していく。料理のために食材を買いに行くということがなくなるのは、何と気持ちがいいのだろう。
今までコツコツとためてきた土台は16ほどあるだろうか。土台ありきで台所に立つようになってから、大げさに言えば、我が家の料理は新しい時代を迎えた。レシピというひとつの「点」が「線」となり、それがどこまでも枝分かれしていく。これが相当に面白い。土台は同じなのに別の料理に変身したり、半端食材が立派な「ひと皿」になったり。愛すべき台所道具が思いがけない料理にしてくれることも度々だ。
土台はしっかり、あとは自由に。
ここで言う「自由」は、食材を自由に入れることはもちろんだが、「自分の意思」を入れるという自由だ。つまり、レシピに書かれてあることすべてに準じていかなくてもいいという自由さだ。レシピの分量や時間に気を取られてしまうと、どこまでも正確に作ろうとしてしまい、どうも具合が悪いのだ。重箱の隅を突くようになり、味が角ばってしまう。
「今この瞬間」の味を見て、音を聞き、香りを嗅ぎながら無心に手を動かす。そして、ここが一番大事なのだけれど、それを面白がることだ。そうすることで料理は伸びやかでおいしくなる。
夏は好んで「イエロースープ」を作る。ムングダルとターメリックのスープだ。
山の朝晩は冷えることも多く、油断をするとからだがすぐに冷えてしまう。寒暖の差も激しく、食欲が落ちる時期なので、冬はもちろん夏にもよく作る。
「ムングダル」はインドやネパールではカレーによく使う。消化吸収が良く、胃にやさしい。インドでは体調不良のときにもよく食べるそうだ。水に浸けなくても短時間で煮えるので重宝する豆だ。
まずムングダルをひとつかみ半(1/3カップ)ほどを水で洗い、小鍋に入れて豆の4倍ぐらいの水を入れて火にかけておく。
隣のコンロに煮込鍋を置き、オリーブオイルとバターを入れる。量はいつも適当だけれど、両方合わせて大さじ1ぐらいか。バターはパンに塗るぐらいの量だ。
粗みじんにした玉ねぎ1/2個も鍋に入れて塩少々振り、火を付ける。
火は弱めの中火。煮込鍋の鍋底から火が出ないぐらいの火加減だ。玉ねぎがパチパチと音をたててきたら、透き通るまで炒める。
生姜ひとかけ半とニンニク小ひとかけ分のすりおろしを加え、さっと炒める。
蓋をして弱火にし、しばらく蒸し煮する。これがスープの土台となる。
そのあいだに野菜1種類を準備する。今日はトウモロコシを入れよう。1本分のトウモロコシを包丁で削ぐ。
このスープは野菜を選ばない。キャベツ、ズッキーニ、大根、カリフラワーは好んで使っているが、なるべく買わずに、その日にある野菜を自由に入れることにしている。
玉ねぎを蒸し煮しはじめて5分ほど経っただろうか。トウモロコシを準備し終えた頃には、玉ねぎが柔らかくなっているはずだ。トウモロコシとターメリック小さじ1/2を加えてさっと炒める。
別鍋で煮ているムングダルも湯ごと加え、野菜が十分かぶるぐらいの水を足す。
沸騰したら蓋をしてしばらくコトコト煮る。
20分ぐらい経つと、豆が煮崩れてトロッしている。水分が減っていたら足す。食べるスープに仕上げるので、水はたくさん入れない。
塩、こしょうでととのえて出来上がり。
今日は夏野菜のオーブン焼きと一緒に。
「いただきます」と言うと、夫も私もまずスープに手が伸びた。
夫が何か言おうとして、先に私が「あぁ、しみじみおいしいねぇ」とため息をついた。
寒い季節の、大根や白菜で作るスープも楽しみだ。
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宮本しばに
創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/
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