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文・写真・題字/宮本しばに
第13回
土鍋みそ豆腐
森に暮らして33年になる。隣の家は1kmほど離れていて、人に会うことは滅多にない。車の音もしなければ、人の気配さえない。時折、動物の声や、雨風の音が聴こえるだけだ。
都会から移住した頃は人恋しくて、鬱になりそうなほどの疎外感に苛まれた。この暮らしを理解するほど、私が成熟していなかったのだ。けれど、いつしかこの森閑とした暮らしが理想的であると思えるようになった。人やモノを意識せずにいられる自由さが、ここにはある。
この暮らしを一言で表すと「閑」だろうか。
「門」という字の中に、大地を覆う「木」の象形を入れて「閑」。
「かん」「ひま」「しず(か)」、長と合わせて「のどか」と読む。意味を調べてみると、「静か」「落ち着いた」「のんびり」のほかに、「習う」「上品で美しい」という意味もある。森の暮らしを表わすのに最適な一語ではないか。
森は、人間の目には見えないスピードで、春夏秋冬、その表情を常に変化させながら、そのまんまを生きている。ここでは生き物すべてが横並びだ。人間社会に何が起ころうと、森は平然とただ生きる。
外へ外へと意識が向かいやすい「忙」の社会の中で、内側に意識を向けさせてくれるのが、森の「閑」だ。個として、個が、個でいられることは、何よりも幸せな生き方ではないか。たとえ社会の雑音で悩んだとしても、森で独り見つめ直せば、その波は凪となって心が鎮まる。振り子が中心で静止したように安心する。これが閑の力なのかもかもしれない。
ゆっくりと、シンプルに、暮らしに必要なことだけを拾って生きていく。
短い春夏に山の草花を花びんに挿すこと。
ストーブにくべる薪の準備をすること。
週1の買い物でやりくりする食事。
忙しさを理由に、乱暴な料理はしない。
夜は静かに家で過ごすこと。
些細なことばかりだけれど、都会に暮らしていた頃にはできなかったことだ。
森では作られたもの、与えられたもので楽しむのではなく、自らで生み出していくことが求められる。
森は言う。
「生きることは瞬間瞬間の連続なのだ。思惑など捨てよ。捨てて平然と生きよ」と。
ふと思った。そうか、「閑」は素描料理の隠語のようなものなのだ。ここで暮らしているからこそ、この「素描料理」に行き着いたのだなと。
我が家の夕食の支度はこんな風だ。
夏であれば外はまだ明るくて、赤く染まった夕焼けが次第に濃紺になっていく様子を見ながら。
冬であれば、灰色の空を遠くに見て、雪景色が夕闇の中に消えていく時間に。
呼吸をととのえて台所に入る。
さて、何を作ろうか、と冷蔵庫の中を探りながら割烹着を着る。
今日はとても疲れているから、のんびり料理しよう。そうだ、作りおきのトマトソースがあるから、それでパスタにしよう。それからジャガイモと長ねぎで土鍋スープを作ろうか……。
そんなことをふんわりと考えながら包丁を持つ。どんなに忙しい一日だったとしても、「忙」は台所に持ち込まない。無理はせずに、けれど今できる精一杯をやる。「閑」をからだにまとわせるようにして。おいしくなるにはどうしたらいいか、と手を動かし、頭を使い、どんなに簡素な料理であっても心を尽くす。
「閑」は暮らしをととのえるための「所作」のようなものかもしれない。
3月の気候はまだ不安定で、ドカ雪が降ったり、マイナス10度になることもある。冬と春のせめぎ合いの日々が続く月だ。
そんなときに作るのが「土鍋みそ豆腐」。冷奴と湯豆腐の中間のような料理で、ちょっとしたおもてなし料理にもなる。豆腐を土鍋に放り込んでから10分ぐらいで完成するから、気負うことなく作れる。
この料理で使う「田楽みそ」は、時間があるときに作って小壺に入れておく。冷蔵庫に入れておけば2ヶ月ほど保つので、料理に困ったときのお助け調味料になる。
「田楽みそ」に使う味噌は、地元の味噌蔵の生赤味噌を普段使っているが、味噌は辛味や甘みが千差万別だから、加減しながら砂糖の量は調節する。ちょっと甘いかな、ぐらいがいい塩梅だろう。
まず、「田楽みそ」を作る。
小鍋に赤味噌100g、砂糖55g、卵黄1個、みりん小さじ2、日本酒50mlを入れてかき混ぜる。
全部が混ざったら火をつける。最初は中火、沸騰してきたら弱火で常に混ぜる。
10分前後すると味噌がもったりしてくる。かき混ぜている線がうっすら出るぐらいの硬さになったら火を止める。
田楽みそは冷めると硬くなるから、若干やわらかめで火を止める。冷めたら陶器製の小壺に入れて冷蔵庫で保存する。保存状態にもよるが、陶器製の入れ物に入れて冷蔵庫で保存すれば2ヶ月ほど保つ。プラスチック容器はそれほど保たないので、なるべく早く消費する。
初春はこれで「ふき味噌」を作るのが、我が家の慣わしだ。
「土鍋みそ豆腐」を作る。
土鍋に日本酒とだし汁を半々ぐらいに入れる。各1/3カップぐらいだろうか。計らずに目分量でいい。お酒がないときはだし汁だけ使う。
そこに豆腐1丁を切らずに入れる。
豆腐を入れたとき、水分が豆腐の1/3の高さぐらいまであればいい。水分が少なかったらだしか日本酒を足す。
土鍋に火を入れる。フツフツと煮立ってきたら弱火にし、蓋をして6、7分、豆腐を温める。
そのあいだに鬼おろしで大根おろしと、薬味(細ねぎの小口切り、ミョウガの輪切り、大葉の千切りスプラウト、生姜の千切りなど、1~数種類)を用意する。
豆腐が温まったら田楽みそを表面にたっぷり塗り、大根おろしと薬味をのせる。
食卓に土鍋ごと置いて、スプーンですくいながら食べる。
今日は野菜の串揚げと一緒に。豆腐料理と揚げ物は良い組み合わせだ。
夫を呼ぶと、いそいそと食卓につきながら「なんか上品な食事だね」と言って、嬉しそうに土鍋に手を伸ばした。
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宮本しばに
創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚後、東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年に「studio482+」を立ち上げ、料理家の視点でセレクトした手仕事のキッチン道具を販売するオンラインショップをスタートさせる。販売、執筆、ワークショップ開催を通し、日本の伝統的な調理道具と料理のコラボをテーマに活動している。著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理の365日』『野菜のごちそう』(以上、旭屋出版)、『野菜たっぷり すり鉢料理』『台所にこの道具』(以上、アノニマ・スタジオ)、『おむすびのにぎりかた』(ミシマ社)ほか。
https://www.studio482.net/
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