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第1話 馬と出会う
私はふたつの保育園を立ち上げて、いま園長と呼ばれる仕事に携わっている。それまで一度も訪れたことがなかった日本海を臨む街に家族4人で移ってきたのは2016年の夏だった。暴風雪が吹きすさぶ冬の厳しさとそんな冬を乗り越えた先にある春の喜び。私はここではじめて本当の冬と春を知り、今年三度目の春を迎えた。
保育園の園長をしています、と言うとそれだけで大抵の人にはその先を聞かれず、了解される。便利と言えば便利だが、「園長」という言葉に私はまだ馴染めない。じゃあ、どんな言葉だとピントがあうのかと問われたら、まだこれという言葉に出会えないでいる。園の名前は、やまのこ保育園。山(=自然)と子(=人)が混ざり合う世界。自然と人とが新しい関係を築いていく未来のイメージを重ねた。運営母体はタンパク質素材の普及を目指すスタートアップ企業で、私はその一社員でもある。新素材の開発を通して、世界を少しでもよくしたいと集まった同年代の人たちの熱い想いに感化され、ここで仕事をしてみたいと思ったのが移住のきっかけだった。当初は移住に難色を示していた夫も同じく感化されて、夫婦揃って働くことが決まった。移住当時5歳と1歳だった息子と娘もいまでは8歳と4歳になり、息子は近所の小学校に、娘はやまのこ保育園に通っている。
前から従業員を主な利用者とする保育園をつくることは決まっていたので、入社後すぐに私はその立ち上げ担当者になった。それから頭の中は「いまこの時代にどんな保育をつくっていけばいいんだろう」という問いでいっぱい。子どもたちが生きていく未来をできるかぎり想像してみる。指数関数的に変化していく世界に生きていくってどんな感じなんだろう。そんな中でその子が幸せに生きていくために、生き抜いていくために、幼児期に接する私たちに何ができるんだろう。大海原を素手で泳いでいくようなイメージが頭の中に浮かんでいた。例えて言うなら、アプリを新しくするのでは足らない。新しいOSが必要なんだ。でも、それってどんなもの?
そんなことを考えていた時、「5歳の誕生日に馬に乗りたい」という息子の一言から大きな出会いがあった。実は、その一年前にも「乗馬してみたい」という本人たっての希望で乗馬クラブに出かけてはみたものの、お相手のサラブレッドが想像以上の大きさで、固まってしまったことがあった。今日は乗れないかなぁと見守っていたら、残り時間3分のタイミングで「乗る!」と決めて実行する経験をしていた。きっとその時の嬉しさを忘れられず、もう一度と思ったのだろう。
そうして、たっぷり雪の降り積もった12月、自宅から1時間半のところにある「カムロファーム」という牧場を家族で訪ねることになった。
カムロファームは、ホースセラピーを中心にした牧場で、道産子やポニー、ミニチュアホースなど、8頭の馬を飼育している。飼育を主に担っているのは、インストラクターのサヨコ先生。ここを訪ねたいきさつをひととおりおはなしした後、「さあ乗りましょう」と促されるのかと思いきや、「馬房掃除しましょう!」とサヨコ先生。
馬のいない厩舎に入ってみると、草が発酵したような匂いがする。馬房に足を踏み入れると、コンクリート製の床の上に籾殻が敷き詰められていて、ふかふかした感触が足の裏から伝わってくる。よく見ると楕円形をしたボロ(糞)があちこちに転がっている。「ボロを一輪車に集めて堆肥場に運び、馬房を清潔で過ごしやすい状態にする馬房掃除が牧場の仕事の基本です。馬の暮らしのための仕事をする中で馬を理解していきます」とサヨコ先生。そうか、ここは乗馬クラブではなくて牧場なんだ。馬が暮らしている場所なんだ。
馬房掃除を侮ることなかれ。いざやってみると、きれいになったように思っても、ボロサーチ能力の高まりによって、次々にボロが発見されて終わりがない。遠い目をしている私を他所に、息子はさっさと掃除を終えて、次なる牧場の仕事へと移っていった。
保育園の園長をしています、と言うとそれだけで大抵の人にはその先を聞かれず、了解される。便利と言えば便利だが、「園長」という言葉に私はまだ馴染めない。じゃあ、どんな言葉だとピントがあうのかと問われたら、まだこれという言葉に出会えないでいる。園の名前は、やまのこ保育園。山(=自然)と子(=人)が混ざり合う世界。自然と人とが新しい関係を築いていく未来のイメージを重ねた。運営母体はタンパク質素材の普及を目指すスタートアップ企業で、私はその一社員でもある。新素材の開発を通して、世界を少しでもよくしたいと集まった同年代の人たちの熱い想いに感化され、ここで仕事をしてみたいと思ったのが移住のきっかけだった。当初は移住に難色を示していた夫も同じく感化されて、夫婦揃って働くことが決まった。移住当時5歳と1歳だった息子と娘もいまでは8歳と4歳になり、息子は近所の小学校に、娘はやまのこ保育園に通っている。
前から従業員を主な利用者とする保育園をつくることは決まっていたので、入社後すぐに私はその立ち上げ担当者になった。それから頭の中は「いまこの時代にどんな保育をつくっていけばいいんだろう」という問いでいっぱい。子どもたちが生きていく未来をできるかぎり想像してみる。指数関数的に変化していく世界に生きていくってどんな感じなんだろう。そんな中でその子が幸せに生きていくために、生き抜いていくために、幼児期に接する私たちに何ができるんだろう。大海原を素手で泳いでいくようなイメージが頭の中に浮かんでいた。例えて言うなら、アプリを新しくするのでは足らない。新しいOSが必要なんだ。でも、それってどんなもの?
そんなことを考えていた時、「5歳の誕生日に馬に乗りたい」という息子の一言から大きな出会いがあった。実は、その一年前にも「乗馬してみたい」という本人たっての希望で乗馬クラブに出かけてはみたものの、お相手のサラブレッドが想像以上の大きさで、固まってしまったことがあった。今日は乗れないかなぁと見守っていたら、残り時間3分のタイミングで「乗る!」と決めて実行する経験をしていた。きっとその時の嬉しさを忘れられず、もう一度と思ったのだろう。
そうして、たっぷり雪の降り積もった12月、自宅から1時間半のところにある「カムロファーム」という牧場を家族で訪ねることになった。
カムロファームは、ホースセラピーを中心にした牧場で、道産子やポニー、ミニチュアホースなど、8頭の馬を飼育している。飼育を主に担っているのは、インストラクターのサヨコ先生。ここを訪ねたいきさつをひととおりおはなしした後、「さあ乗りましょう」と促されるのかと思いきや、「馬房掃除しましょう!」とサヨコ先生。
馬のいない厩舎に入ってみると、草が発酵したような匂いがする。馬房に足を踏み入れると、コンクリート製の床の上に籾殻が敷き詰められていて、ふかふかした感触が足の裏から伝わってくる。よく見ると楕円形をしたボロ(糞)があちこちに転がっている。「ボロを一輪車に集めて堆肥場に運び、馬房を清潔で過ごしやすい状態にする馬房掃除が牧場の仕事の基本です。馬の暮らしのための仕事をする中で馬を理解していきます」とサヨコ先生。そうか、ここは乗馬クラブではなくて牧場なんだ。馬が暮らしている場所なんだ。
馬房掃除を侮ることなかれ。いざやってみると、きれいになったように思っても、ボロサーチ能力の高まりによって、次々にボロが発見されて終わりがない。遠い目をしている私を他所に、息子はさっさと掃除を終えて、次なる牧場の仕事へと移っていった。
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遠藤 綾(Aya Endo)
軽井沢風越学園 職員/ライター/編集者。
2005~07年九州大学USI子どもプロジェクトで子どもの居場所づくりの研究に携わる。2008年から主に子ども領域で書く仕事、つくる仕事に携わりながら、インタビューサイト「こどものカタチ」を運営。2013~16年 NPO法人「SOS子どもの村JAPAN」で家族と暮らせない子どものための仕事に携わる。2016年に山形県鶴岡市に移住し、2016年~2021年「やまのこ保育園home」、2018年「やまのこ保育園」の立ち上げと運営に携わる。2021年春に軽井沢へ拠点を移し、現職。
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