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第3話 シンクロする人生


 12月半ばを過ぎると日に日に雪が深くなる。私は白く覆われた最上川沿いの山道に車を走らせ、サヨコ先生が働くこども園へ向かった。

 到着すると園庭の奥にある里山の方から子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる。厚めのビニールでできた資材袋をお尻の下に敷いてそりすべりに興じたり、木の実を集めて雪のケーキをつくったり、里山の中に豊かな子どもの時間が流れている。雪がつくりだしたモノクロームの世界の中に、色とりどりの服を着た子どもたちが浮かび上がる。そこに時折、ジャムセッションのように動物小屋から響く馬や羊の声が重なっていく。



里山から園舎を見下ろす。この日は雪遊びに最高の天気

 なんて贅沢な環境なのだろう。ひとり静かに興奮していると、今日の約束のために待っていてくれたサヨコ先生が「中へどうぞ」と声をかけてくれた。応接室に通された私を出迎えてくれたのは、園長のワタル先生だった。大先輩なのに、どこかチャーミングで親しみが湧く雰囲気、大きな声と髭が自然体な人柄を感じさせる。周囲の人から、園長ではなく「ワタル隊長」と親しみを込めて呼ばれていると聞いて納得した。
 私は自己紹介と共に、保育園の開園準備をしていること、園運営の経験が全くなく不安であることなどをお話すると、「協力しますよ。ぼくたちだって、先輩に力を借りてきたんだからさ。ガハハ!」と豪快に笑いながら、背中を押してくれた。



動物小屋。羊の毛は毛刈りして紡いで織物にするまでの作業を子どもたちが行っている

 この時、保育園開園まであと8ヶ月。保育理念を少しずつ言葉にしようともがいていた時期で、園名さえ決められておらず、採用も誰一人として決められていなかった。いうまでもなく保育園のよしあしは、そこにどんな人がいるかで決まる。けれど時代は、深刻な保育士不足。実績はもちろん、園名も園舎もまだない私たちの元に志の高い人たちに集まってもらうのは至難の技だ。ひたすら教育関係のつながりのある友人知人に会いに行って、リクルートへの協力をお願いし、その紹介を頼りに少しでも可能性があれば、全国どこへだって出かけた。加えて行く手には、膨大な書類の山、運営上の業務整理などの事務仕事が待ち受けている。ワタル隊長との出会いは、そんな私たちの五里霧中な道行きに射しこんだ一筋の光だった。実際に開園までの間、何度も菩薩級の救いの手を差し伸べて頂いた。この出会いがこのタイミングで起きたことは、私たちにとって奇跡だった。



ワタル隊長と息子と娘。昨年の夏、こども園の新園舎にて

 私たちが、福岡から移住してまだ4ヶ月しか経っていないことを話すと、「ぼくたちも30歳を過ぎてから、ここに移住してきたんですよ」と意外な回答が返ってきた。

 「ぼくは千葉、サヨコは東京育ちなんですけど、東京でのサラリーマン時代、ぼくはアメフトの社会人選手で、サヨコはスキーの選手。それぞれ勝負の世界に生きてたんです。目標を達成すると、次の日から新たな目標をたてるような生活をしていた時に子どもを授かって、生活が一変してね。子どもと一緒にいると「いまここ」を大切にする感覚が強くなっていって、その反面、都会での暮らしや大企業に属して仕事することへの違和感が膨らんで。これからどんなふうに生きていこうかと考えていた時に関心をもった環境教育を学ぶ中で、その実践の場になっていた、ある幼稚園に触れたことがきっかけで、両親が山形で幼稚園を運営していたことを思い出したんですよ。それで、両親に継がせてほしいと申し出て、ここにやってきたんです。」

 幼稚園で働き始めたワタル隊長は、環境教育の展開として、幼稚園で馬を飼育したいと考え、まずは自分たちで責任を持って飼育できるようになろうと、家族で牧場に通い続けた。そしてその4年後、最初の馬2頭を幼稚園に迎えることになる。いまから19年前のことだ。



西蔵王の牧場に通っていた頃のワタル隊長



動物好きのサヨコ先生にとって、乗馬は子ども時代からの憧れだった



幼稚園に馬が来てすぐの頃の写真。ポニー2頭を迎え入れた



 「園で子どもたちと馬の世話をしていると、障がいのある子どもたちや、発達障がいの診断までに至らないグレーゾーンの子どもたちが馬に引き寄せられる傾向があることに気づいてね。生きづらさを抱えた子どもたちのためにもっとできることがあるんじゃないかと、ホースセラピーを学ぶ勉強会をスタートさせたんです。ちょうど、その少し前にカムロファームのオーナーから、ファームの運営を打診されたことも重なって。それじゃあ、ホースセラピーをしながら、馬との暮らしをつくる牧場にしようということで、いま試行錯誤してるところです。もし関心があったら、週末に遊びに来てくださいよ。一緒に牧場をつくりましょう。」

 都会からの移住、保育の世界へのキャリア転換、そして馬との出会い。ワタル隊長とサヨコ先生の人生と、私たち家族の人生が、時を越えてシンクロする不思議。夢中で何かを追いかけている時、こんなふうに必然としか思えない出会いが突然降ってくる。そうそう、この感覚。人生の扉は開くものじゃなくて、突然開かれるもの。機会を逃さず、おもいきり波に乗れば、今は出会ってもいない新しい場所へきっと連れていってくれる。いつの間にか保育園をゼロからつくることへの不安はどこかへ消えて、ただ根拠のない自信だけがふつふつ湧き上がっていた。

 帰り際、「これ、馬に興味あったら見てみるといいよ」と渡されたのは5枚組のDVD。ホースセラピー勉強会、とタイトルが印字されている。軽い気持ちで受け取った私は、そこに収められた馬と人とのセッションの映像に衝撃を受けることになる。




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遠藤 綾(Aya Endo)

軽井沢風越学園 職員/ライター/編集者。
2005~07年九州大学USI子どもプロジェクトで子どもの居場所づくりの研究に携わる。2008年から主に子ども領域で書く仕事、つくる仕事に携わりながら、インタビューサイト「こどものカタチ」を運営。2013~16年 NPO法人「SOS子どもの村JAPAN」で家族と暮らせない子どものための仕事に携わる。2016年に山形県鶴岡市に移住し、2016年~2021年「やまのこ保育園home」、2018年「やまのこ保育園」の立ち上げと運営に携わる。2021年春に軽井沢へ拠点を移し、現職。



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