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第4話 馬の言葉を話す人


 「ホースセラピー勉強会」と書かれたDVD、自宅に戻ってすぐに観ることにした。画面に映しだされたのは、カムロファームに簡易的につくられた馬場(ばば)。その中に馬と講師らしい男性が立っている。男性は開口一番こう言った。

 「馬の成長と人の成長は同時に起こっています。ここにいる一人ひとりが少しずつ馬と一緒に成長していくことが大事です。今日はそのための基礎の基礎として、モンティ・ロバーツという人が開発した“ジョインアップ”という方法を一緒にやってみましょう。日本語でいうと“仲良くなる”みたいなことですね。これは野生の馬にも効果的な方法で、馬と人が最初にコミュニケーションをとるときに何が大切なのか、ということが端的に表現されています。それではやってみましょう」

 男性は両手を上にあげて馬に向かって襲いかかるような姿勢で歩み寄る。馬は、男性から逃げようと円形の柵に沿って走り始める。逃げる馬に両手をあげてプレッシャーをかける男性。逃げ続ける馬。追いかける男性。その動作をしばらく続けた後に、急に男性が円の中心で両手を下げて目線を下げ、脱力した状態になる。馬は逃げるのをやめ、柵の近くで男性の様子を伺っているように見える。しばらく静止したままだった男性が、ゆっくりと馬のほうに歩み寄った。馬の頭の左横で男性が止まる。馬も静止している。一呼吸置いて、男性が円の中央方向へ動き始めると馬も男性にピタッとひっついたまま動き始める。男性が回旋すると馬も回旋する。男性のランダムな動きにピタリと馬がついてくる。男性と馬はまるで見えない紐でしっかりと結ばれていて、ふたつでひとつの身体になっているように見える。

 男性に促されて、参加者も馬場の中に入って試してみる。すると同じ動きが馬と人との間に生まれていく。できない人が一人もいない。なんだこれは。まるで魔法だ。男性は、参加者に向けてふたたび話し始める。



講師の男性、よりたかつひこさんによる講習の様子(2019年1月)


 「これで最初のコミュニケーションが成立しました。馬は草食動物なので天敵は肉食動物です。肉食動物はどんな感じかというと、襲ってくる感じですね。コミュニケーションのスタートはわかりやすく、身体を大きく見せて肉食動物らしく振る舞うことからはじめます。一方的なエネルギーを与えて、馬が逃げる。これを続けると、馬から次のリアクションが生まれます。小さい動きですが、馬がもう逃げ切れないと感じると、口や首の動きでそのサインを表現します。その瞬間、襲う感じの肉食動物から穏やかな草食動物へと態度を変化させます。すると馬はこちらの態度の変化からこの相手は話が通じるというメッセージを受け取ります。話が通じると感じると馬は相手を信用し、リスペクトをもってくれるようになります。そして、リスペクトが生まれるとその相手と一緒にいたくなる。これが馬が群れで生きていることから発生した特性です。」

 ジョインアップで行われているコミュニケーションとは、簡単に言うとこんなことだ。
① 敵(肉食動物)になる(=馬にボールを投げる)
② 降参のサイン(=馬からボールを投げ返される)
③ 味方(草食動物)になる(=馬のボールを受け取る)
 コミュニケーションとは、ボールを投げて受け取ること。そのためには、相手がキャッチしやすいボールを投げ、相手をよく観察する。そんな基本型をわかりやすいかたちで体感できるのがジョインアップであると言えるだろう。馬と人との間でノンバーバルで表現されているが、人同士に置き換えても同様にコミュニケーションの基本型であることに変わりない。一方でこの基本が如何に難しく、あらゆる場面で大切にされていないことかということもまた現実だ。人と人との関係性そのものが仕事の本質である教育やセラピーの現場であっても、この基本型を守れている現場がどれだけあるだろう。

 「ジョインアップは、人の側から見ると馬との繋がりを感じられる、わかりやすい方法です。もし、馬とセラピストの間に暴力的なコミュニケーションがあったとしたら、セラピーの効果はほとんどなくなってしまいます。だからこそ、まず馬と繋がっている感じが大事でその上にセラピーの理論や技術があるわけです。それから、この方法は僕だけでなくみなさんでも同じようにできましたね。これは、犬ではできないことです。犬は関係性が先にあるからです。馬は、どんな人にも平等に接してくれますが、何十年一緒にいても懐くということはありません。馬は忘れっぽいんです。犬は暴力をふるわれたら暴力をふるった人のことも忘れませんが、馬は暴力をふるわれても、殴った人が翌日優しく接するとまるで昨日のことなどなかったかのようにその人に接します。殴られたら痛いし怖い、ということは覚えていますが、その人個人と結びつけて覚えることが苦手です。諸説ありますが、馬は進化の過程で人間や犬が持つ個体認識に優れた記憶形態とは異なる記憶形態を持つようになったと僕は考えています。馬がアニマルセラピーの王様と言われる所以はこんな特性があるからなのです。」



2019年1月、カムロファームで撮影

 馬に魔法をかけた講師の男性の名前は、よりたかつひこさん。世界中を飛び回るホースセラピストであり、馬の牧場とその牧場をフィールドとするフリースクールの運営者であることを後に私は知ることになる。多拠点極まり住所不定。いろいろ規格外につき人間界の名詞で括れない人物、よりたさんを馬界隈の人々は「ホース・ウィスパラー(馬の言葉を話す人)」と呼ぶ。
 私は、馬と人のコミュニケーションのあり方に、子どもたちが生きていく未来のコミュニケーションのあり方を重ねていた。複雑さを深めていく世界にあって、私たちはどんなコミュニケーションをとっていこうとするのだろう。どんなふうに互いの感情、互いの欲求を交わし、調整しあいながら生きていくのだろう。これからの教育の姿を考える上で、馬と人とのコミュニケーションを学ぶことで何かとても大切なことに近づけそうな気がした。馬の言葉を話す人、よりたさんに会いにいこう。




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遠藤 綾(Aya Endo)

軽井沢風越学園 職員/ライター/編集者。
2005~07年九州大学USI子どもプロジェクトで子どもの居場所づくりの研究に携わる。2008年から主に子ども領域で書く仕事、つくる仕事に携わりながら、インタビューサイト「こどものカタチ」を運営。2013~16年 NPO法人「SOS子どもの村JAPAN」で家族と暮らせない子どものための仕事に携わる。2016年に山形県鶴岡市に移住し、2016年~2021年「やまのこ保育園home」、2018年「やまのこ保育園」の立ち上げと運営に携わる。2021年春に軽井沢へ拠点を移し、現職。



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