アノニマ・スタジオTOP > 『いろってなあに?』とプロベンセン夫妻のこと/小宮由さん


翻訳者の小宮由さんに、『いろってなあに?』とプロベンセン夫妻のことを書きおろしていただきました。
 アリス&マーティン・プロベンセン夫妻には、生まれた時から、多くの共通点がありました。アリスは、1918年、マーティンは、1916年、ともにイリノイ州シカゴに生まれ、子ども時代は、図書館で読書に明け暮れ、カリフォルニア大学で絵を学びました。ですが当時は、互いに面識がなく、ふたりが出会ったのは、それぞれ絵の職に就いた後、1943年に、軍事訓練映画を制作していたウォルター・ランツ・プロダクションに入社してからでした。アリスの一目惚れだったとのことですが、翌年、ふたりは結婚します。子ども時代、図書館でふれた数多くの本の挿絵から画家を志したふたりは「わたしたちは、子どもの頃、きっと同じ図書館の同じテーブルをはさんで座っていたにちがいない」と振り返っています。

 終戦後、ふたりは、当時、サイモン&シュスター社が立ち上げた低価格帯の絵本、リトル・ゴールデン・ブックの制作に関わろうと、ニューヨークへ渡り、1947年、絵本作家としてデビューします。1951年に、ニューヨークの中心地から離れ、後に自らの作品の舞台となる「かえでがおか農場」へ引っ越しました。そして、日本も含む世界各地を旅し、1959年に、生後9ヶ月のカレンを養子に迎えます。

 発表した作品は、生涯60冊以上、デビュー当初から、さまざまな賞を受賞していましたが、1983年の『栄光への大飛行』で、アメリカの絵本界における最も権威ある賞、コルデコット賞を受賞します。その4年後、マーティンは、心臓発作で亡くなってしまい「自分たちは、真にふたりでひとりのアーティストだった」と語っていたアリスは、失意のどん底に落ちてしまいます。ですが、編集者らの励ましもあり、3年後に創作を再開。自身のみで8冊の作品を発表した後、2018年、100歳をまえにして亡くなりました。

 本作『いろってなあに?』は、1967年に発表された、ふたりにとって、29冊目の作品です。ふたりがキャリアをスタートさせたリトル・ゴールデン・ブックは、その安価さから、一気に全米へ広がりましたが、当時の図書館員からの評価は低く、それを危惧した編集者が、1960年代から、通常の仕様の絵本のシリーズ化を進めていました。その流れの中、アリスとマーティンは、娘の子育てに触発され、幼児向けの絵本に関心を持つようになり、通常の絵本の仕様で、4冊の本を作りました。その内の一冊が本作で(『たまごってふしぎ』も同様)ふたりは、それらの本の内容を、よくある幼児向けの早期教育を目指したものとはせず、おもしろさと、知的さと、美しさを併せ持つ、オリジナリティ溢れる作品に仕上げました。
 生前、ふたりは、子どもの本作りについて、このような言葉を残しています。

「子どもの本は、その子にとって、永続的な影響力を持ちます。それは何を意味するのかというと、それだけ子どもに対する責任があるということです。そのため、私たちは、まずその作品に、自分たちの伝えたいことがあるかを見極め、それを正直に伝えるということを心がけています」

「本作りは、本の大きさ、活字の選択、紙、テキストとイラストの相性など、決めなければならないことがたくさんありますが、私たちは、まず、テキストからはじめます。どんなに素晴らしいイラストでも、テキストがうまくいかなければ、失敗するからです」

「私たちのイラストは、完成度の高い、洗練されたスタイルを求めません。少し不器用で、ラフで、仕上げに欠けているようなイラストを好みます。私たちは、子どもによって、最も直接的で効果的な手法を常に模索します。そして、それに適した手法こそが、絵本において、正しく、必然的なイラストだと思っているのです」

「私たちにとって、一冊一冊の本は、自分たちの内面に触れるものでなければならないし、少しでも自分たちの心に響くものでなければなりません。そうでなければ、どんなに素晴らしいイラストでも、どんなに巧みなテキストでも、それは、ただの本にしか過ぎないのです」

 まさに本作は、そんなふたりの絵本へのこだわりと想いが詰まった一冊です。「いろってなあに?」という素朴ながらも、無限の広がりを持つ問いの答えが、それぞれの読者の心で育まれることを、訳者として祈っています。

翻訳家 小宮由

*参考文献『The Art of Alice & Martin Provensen』(Chronicle Books)


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アリス&マーティン・プロベンセン
夫のマーティンは1916年、妻のアリスは1918年、ともにアメリカ・イリノイ州シカゴ生まれ。ふたりとも、アート・インスティチュート、カリフォルニア大学を卒業。マーティンは1938年、ウォルト・ディズニー・スタジオに入り、アリスは1942年、カリフォルニアのウォルター・ランツ・スタジオでアニメーションの仕事に就く。その後、2人は出会い、1944年に結婚し、ニューヨークに拠点を移して、子どもの本を描き始める。1984年に『栄光への大飛行』(BL出版)でコルデコット賞を受賞。その他の作品に『いろいろ こねこ』(講談社)『かえでがおか農場のいちねん』(ほるぷ出版)など多数。

こみやゆう(小宮由)
翻訳家。東京生まれ。2004年より東京・阿佐ヶ谷で家庭文庫「このあの文庫」を主宰。訳書に『台所のメアリー・ポピンズ』『どうぶつたちのナンセンス絵本』『イワンの馬鹿』(以上、アノニマ・スタジオ)など多数。プロベンセン夫妻の訳書は『たまごって ふしぎ』(講談社)『まるぽちゃ おまわりさん』(PHP研究所)がある。祖父は、トルストイ文学の翻訳家であり、良心的兵役拒否者である故 北御門二郎。




いろってなあに?

さく・え:アリス&マーティン・プロベンセン
やく:こみや ゆう

定価 1980円(本体価格1800円)

プロベンセン夫妻が幼い娘に「色」を伝えるためにつくった絵本。世界にはたくさんの色が存在し、ひとつひとつが美しくてすばらしい。アメリカで1967年に刊行された名作絵本の初邦訳。あたらしいセンス・オブ・ワンダー絵本。

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