title/hyoutan

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 実家に暮らしていたころは、インターホンが鳴ればとりあえず出て、とりあえず玄関の戸を開け、応対するのが普通のことでした。
 がちゃり。扉を開けると同時に見知らぬセールスの人にがっかりすることもあるけれど、「これ、田舎から送ってきたから」「温泉いってきたから、ちょいとお饅頭」「はいこれ、至急の回覧板」、わくわくするようなおいしい便りや、笑顔のほうが勝っていた。
 今のように、何重にもロックをかけてモニターを確認して、信用できる相手とわかってからしか応答しない面倒な世の中なんて、想像もつきませんでしたが、「地下室の最新式お墓いりませんか」「虹が見える宗教にはいりませんか」「インド式泥エステで美肌を手に入れませんか」「お宅をピカピカにしますよ」「お宅を今すぐ売却しませんか」。うーん、怪しい来訪者って確かに多いんですよね。
 仕方なく、結構でス、としょんぼり答えて交信切断です。こんなことを続けていると、自分が荒んでゆくような気がして、心のどこかにじわりと傷がにじみます。
 でも、怪しいにもかかわらず、戸を開けてしまったことだってあります。
 今回は、そんな来訪者の記録です。

 あれは午前のおやつ時。ひとりのほほんとお茶をすすりながら、テレビのニュースを見ているときでした。
 インターホンに出たのは知らない相手でしたが、私は無意識にオートロックの「開ける」ボタンを押していました。
「あ、しまった、」そう思っている間に、相手はもうエレベーターに乗ってしまったようです。ドアの前に現れたのは、見知らぬ二人の男性の姿でした。両方ともスーツを着ており、一人は40歳くらいの細身、もう一人は小太りで、還暦を過ぎたくらいでしょうか。
「以前ここに住んでいた夫婦がいるでしょう。夫の方を探している。夫は私の叔父です」とぎれとぎれの日本語で、小太りのほうが言いました。
「突然すみません。この方は、大久保にあるカソリック教会の牧師様で、私はそこに通うクリスチャンです。先生が親戚の方を探しておられるとのことで、きょうは通訳兼付添いで参りました。ごめんなさい急に。驚かせてしまったでしょう」
 青年はそう言って、何度も頭を下げました。
 あなたのほうが、日本語が達者なんですね。私が言うと、その青年は大学を出てから日本にやってきて20年ほどたっており、帰化しているとのことでした。日本で事業をしているのですといって、名刺を差し出しました。

 牧師が一枚のメモを取り出しました。家計図のようなものが書いてあります。
「叔父は、16歳のときに母国に息子ができて、その子がわたしのいとこです。彼も今年70歳になる。国にいる叔父の妻は90歳を過ぎています。みんな、彼を探している。元気なのか知りたい。以前ここに夫婦が住んでいませんでしたか?」

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