title/hyoutan

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 「ミーター」というあだ名のせいで、最初は何か、音楽関係の人なのかと思いました。だって、「ミーターズ ( = The Meters )」といえば、ニューオーリンズのファンクサウンドを生み出した、第一人者的存在。かのネヴィルブラザーズの前身名です。
 でも、聞くところによるとこれ、小学生の頃からのあだ名だそうで、ご両親も近所の人も同級生も、奥さんさえもこう呼んでいるというのです。
 ミーターは、江戸っ子の下町っ子青年です。加えて、嘘か誠か「暖簾の袖で手を拭くくらい粋」(自分で言ってたんですけど)なのだとか。職人さんも工場も、大きな規模で抱えるシャツメーカーの三代目で、ちょっと聞いただけでもびっくりするような、老舗ブランドの高級ラインをいろいろと手がけているようでした。「ようでした」と書いたのは、会社に企業秘密が多いせいで多くを語ってもらえないからなのですが、先々代の頃から、会社名を一切出さずに商売を続けているというポリシーには、頭が下がります。
「だってさあ、ウチの基本は『ブランドの雄を守ること』に尽きるもの。名前は明かさないもんなんだよ」と、きっぱり。本当に、会話のひとつひとつにきりっとしたテンポがあるというか、ちょっと格好いいのです。
 でもつくづく、ミーターとこんな風に話せるようになってよかった。実は彼、先ごろ再会するまで、私に長年へんてこなトラウマを抱いていたそうなのです。

 その日(私がミーターと15年ぶりに再会した日)は、仕事で一緒になったスタッフが、皆ご近所さんばかりの呑兵衛ということで、「仕事が終了次第近くで一杯」という、ダメ人間的流れに突入すべく、商店街一番安い店に入ったところでした。まだ宵の口だというのに満員に近い混み様。近くの会社員が多いようでした。
 煌々と輝く裸電球が眩しい。相席でしか成立しなさそうな、巨大な無垢のテーブルはすでにギュウギュウに囲まれており、ざわめく人々の語らいとオレンジ色の光が入り混じって暑いくらいです。静かな商店街で、ここだけ異空間のように思えました。
 私たちも、店員の若いお兄ちゃんに通された席でギュウギュウ詰めになりました。このお兄ちゃんの推測によると、奥にいるカップルは、開店と同時に入店しているので、そろそろお帰りでしょうとのことでした。少し我慢すればゆったりできそうです。
 縮こまった状態で乾杯をして、肘をぴったり脇につけたままの体勢で肴をひょいっとつまむ。当然、隣の人とも体があたるわけで、まあ、こんな一体感もたまにはいいですね、なんていいながら愉しんでいた私たちでしたが、30分経っても、1時間経っても、例のカップルは帰る気配がないのです。
「横の人、こっちを見てますよ」
 仕事仲間がささやきました。確かにさっきから、男性のほうが私の顔をちらちら見ては、何か考えている様子なのです。すると、

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