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イラスト/江夏潤一
その6
映画を通じてSDGsにふれる【後編】
他人の人生を生きることはできないけれど、本や映画などを通じて、想像することはできます。たとえば、スクリーンに映し出される物語に心動かされ、行ったことがない国や会ったことがない人に思いを馳せたり、さまざまな人生にふれたりすることができるのも映画の魅力。
日本の映画館の多くは、障害のない人たちが「観るもの」という前提で作られています。では、目が見えない人や耳が聴こえない人たちはどのように楽しめば良いのでしょうか。今回は、日本で唯一のユニバーサルシアター「CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)」代表の平塚千穂子さんにお話を伺いました。
東京都北区田端の商店街の一角にある、座席数20席ほどの小さな映画館。劇場内の床には人工芝が敷かれ、スピーカーの上には鳥の巣のインテリアがあったりと、まるで屋外にいるような開放感のある空間です。中に入ると、前方には盲導犬を連れた人、後方には車いすの人が座っていました。「バリアフリーではなくユニバーサルという言葉にしたのは、すべての人が楽しめる映画館でありたいと思っているからです。オープン当初は“障害者専用の映画館”のような認識をされることもありましたが、ここでは障害の有無にかかわらず、誰でも映画を楽しむことができます」。
この映画館には、次のような特徴があります。
アメリカでは1990年にADA法(障害者差別禁止法)が施行され、90%以上の映画がバリアフリー化されていますが、日本では全体の10%にも満たないのが現状です。チュプキでは、全ての上映作品に音声ガイドや字幕などを付けてバリアフリー環境を整えてはいるものの、想像以上の時間と労力とコストがかかります。だからこそ、平塚さんにとってこの映画館は「夢」でもあったのです。
映画館での仕事を通じながら、ますます映画の世界に引き込まれていった平塚さん。映画好きの仲間たちと一緒にイベントを企画していた時のことです。「目の見えない人に、チャップリンのサイレント映画『街の灯』を楽しんでもらおうというアイデアが出たんです。けれども当時の私は、障害のある人に対して過剰に気を遣うあまり、映画の話をすること自体がタブーだと思い込んでいました。それがある時、視覚障害者の人に直接話を聞く機会があり、価値観が180度変わったんです」
そこで感じたのは、目が見えなくても映画に対して興味を持っていて、映画を観たいという気持ちは同じであるということ。「同じように映画が好きなのに、目が見えないせいで諦めなければならないなんて。何とかしたい!そう強く思いました。映画館で映画を観ることを諦めている人たちとの出会いが、今の活動につながっています」
2001年、平塚さんは視覚障害者の人たちと一緒に映画を楽しむ環境作りを行うために、バリアフリー映画鑑賞推進団体「City Lights(シティ・ライツ)」というボランティア団体を設立。音声ガイド(言葉による映像の解説)をいち早く手がけ、メーリングリストを活用したコミュニケーションや情報サポート、バリアフリー上映会など、活動は多岐にわたります。「会員には映画ファンの人も多く、サポートをする側とされる側に分かれるのでなく、一緒に楽しむ姿勢が根底にあります。そうやって続けていく中で、もっと多くの人に活動を知ってもらうために、常設のバリアフリー映画館をつくるという目標ができました。たくさんの人の協力や支援をいただきながら、何とか今のような形になっています」。
シティ・ライツが定期的に開催している「音声ガイド研究会」では、監督の演出意図も考慮し、視覚障害者モニターさんの意見を参考にしながら、聴き心地がよくわかりやすい、鑑賞の邪魔にならない音声ガイドを研究しています。「複数の人と映画をじっくり観ることで、観ているようで観ていなかった映画の側面にも気づくことができるという参加者の声もありました。音声ガイドというものが、映画をより楽しむためのひとつの鑑賞ツールになったらいいなと思います」
「普段の生活をしていてSDGsという言葉はあまり使わないものの、とどのつまりは、本当の幸せや心地良さって何だろうと考えることにつながりますよね。誰もがちゃんとわかっているはずなのに、そこに辿り着けていないのはなぜだろう、何がそれを拒んでいるんだろう。映画を見ることは、そんなふうに色々感じたり考えたりしながら、一人ひとりが自分なりの還るところを知っていくためのひとつの体験なんじゃないかと思っています」
暮らしのなかには、自分にとっては当たり前でも、誰かにとってはそうではないことがたくさんあります。生きている人の数だけ、一人ひとりにそれぞれの人生があります。感じ方や考え方、生まれ育った環境や立場も異なる人同士が関わり合いながら生きていくには、お互いの違いを認め合うことが必要不可欠です。多様な感性を持った人たちが、同じ空間で作品を共有できるこの映画館は、今まで見えていなかった世界を想像することの大切さを教えてくれます。
※現在、新型コロナウイルス感染防止のために座席数を削減し、緊急事態宣言に伴い営業時間は20時までとしています。今後の上映作品や日程など変更となる場合がありますので、詳しくは劇場サイトをご確認ください。
関連するSDGsの目標
日本の映画館の多くは、障害のない人たちが「観るもの」という前提で作られています。では、目が見えない人や耳が聴こえない人たちはどのように楽しめば良いのでしょうか。今回は、日本で唯一のユニバーサルシアター「CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)」代表の平塚千穂子さんにお話を伺いました。
日本で唯一の「ユニバーサルシアター」とは
すべての人に映画の感動を届けたい。障害があることで思うように映画を楽しめない人たちがいるならば、どんな人でも楽しめる映画館を作りたい。シネマ・チュプキ・タバタ(以下:チュプキ)は、平塚さんの熱意とその想いに賛同した多くの人たちの手によって生まれました。アイヌ語で「自然の光」を意味する「Chupki(チュプキ)」。2016年9月にオープンして以来、ここにはさまざまな人が訪れています。東京都北区田端の商店街の一角にある、座席数20席ほどの小さな映画館。劇場内の床には人工芝が敷かれ、スピーカーの上には鳥の巣のインテリアがあったりと、まるで屋外にいるような開放感のある空間です。中に入ると、前方には盲導犬を連れた人、後方には車いすの人が座っていました。「バリアフリーではなくユニバーサルという言葉にしたのは、すべての人が楽しめる映画館でありたいと思っているからです。オープン当初は“障害者専用の映画館”のような認識をされることもありましたが、ここでは障害の有無にかかわらず、誰でも映画を楽しむことができます」。
この映画館には、次のような特徴があります。
全作音声ガイド付き上映
視覚障害があっても映画を楽しめる
全作字幕付き上映
聴覚障害があっても映画を楽しめる。邦画も字幕付きで上映
車いすスペースの設置
劇場は1階にあるため来場のハードルも低い
完全防音の親子鑑賞室を完備
小さなお子さま連れの方、大勢の人と一緒に観るのが難しい方など誰でも利用可能
アメリカでは1990年にADA法(障害者差別禁止法)が施行され、90%以上の映画がバリアフリー化されていますが、日本では全体の10%にも満たないのが現状です。チュプキでは、全ての上映作品に音声ガイドや字幕などを付けてバリアフリー環境を整えてはいるものの、想像以上の時間と労力とコストがかかります。だからこそ、平塚さんにとってこの映画館は「夢」でもあったのです。
誰もが映画を楽しめる場をつくりたい
「早稲田松竹という名画座でアルバイトをしていたのですが、“映画館をつくりたい”という夢は、その頃から持っていました。私にとっての映画館とは、人生の中で道を見失ったり、居場所がなくなった時に迎え入れてくれる唯一の場所。日常を離れて映画の世界にどっぷりと浸かれる時間は救いでもありました」映画館での仕事を通じながら、ますます映画の世界に引き込まれていった平塚さん。映画好きの仲間たちと一緒にイベントを企画していた時のことです。「目の見えない人に、チャップリンのサイレント映画『街の灯』を楽しんでもらおうというアイデアが出たんです。けれども当時の私は、障害のある人に対して過剰に気を遣うあまり、映画の話をすること自体がタブーだと思い込んでいました。それがある時、視覚障害者の人に直接話を聞く機会があり、価値観が180度変わったんです」
そこで感じたのは、目が見えなくても映画に対して興味を持っていて、映画を観たいという気持ちは同じであるということ。「同じように映画が好きなのに、目が見えないせいで諦めなければならないなんて。何とかしたい!そう強く思いました。映画館で映画を観ることを諦めている人たちとの出会いが、今の活動につながっています」
2001年、平塚さんは視覚障害者の人たちと一緒に映画を楽しむ環境作りを行うために、バリアフリー映画鑑賞推進団体「City Lights(シティ・ライツ)」というボランティア団体を設立。音声ガイド(言葉による映像の解説)をいち早く手がけ、メーリングリストを活用したコミュニケーションや情報サポート、バリアフリー上映会など、活動は多岐にわたります。「会員には映画ファンの人も多く、サポートをする側とされる側に分かれるのでなく、一緒に楽しむ姿勢が根底にあります。そうやって続けていく中で、もっと多くの人に活動を知ってもらうために、常設のバリアフリー映画館をつくるという目標ができました。たくさんの人の協力や支援をいただきながら、何とか今のような形になっています」。
映画の「音声ガイド」ってどんなもの?
音声ガイドとは、映画の視覚的な情報を言葉で補うナレーションのこと。セリフの合間や場面転換の隙間に、時間や場所、人物の動きや表情などの目から入る情報を言葉で補うことができれば、目の不自由な人たちも映画をイメージしながら楽しむことができます。とはいうものの、説明するのは簡単ですが、これがとても難しいのです。作品としての映画の魅力を損なわないようにしながら、限られた短い時間の中で物語を伝えなければなりません。それぞれの作品ごとにテンポも異なるため、一から収録を行う必要があります。シティ・ライツが定期的に開催している「音声ガイド研究会」では、監督の演出意図も考慮し、視覚障害者モニターさんの意見を参考にしながら、聴き心地がよくわかりやすい、鑑賞の邪魔にならない音声ガイドを研究しています。「複数の人と映画をじっくり観ることで、観ているようで観ていなかった映画の側面にも気づくことができるという参加者の声もありました。音声ガイドというものが、映画をより楽しむためのひとつの鑑賞ツールになったらいいなと思います」
「障害者」が存在しない映画館
チュプキには、障害者割引というものが存在しません。障がいの「がい」の字は戦前、「碍」という漢字があてられていました。ここでの「碍」とは、大きな岩を前にして困っている人の様子を表したものといわれ、障害とはその人にあるのではなく、社会や環境にあるという考え方に基づいています。「障碍者」を存在させない映画館、それがユニバーサルシアターなのです。そのため、チケット代にまつわる「障碍」をなくすべく、2つの制度を設けています(いずれも受付で障害者手帳を提示すれば対応可)。
ヘルパーパス
同行援護サービスなどで歩行介助を受けている当事者が介助者の鑑賞料を負担しなければならないという問題を解消。入場時にこのパスポートを提示することで、介助者の鑑賞料が無料になる制度。
プアエイド割引
障がいが理由で経済的負担がある人に対して、1,000円で鑑賞できる制度。
持続可能な社会にとって必要なこと
昨年公開された「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」という映画作品があります。ウルグアイの大統領を務めていたホセ・ムヒカ氏は、国連の持続可能な開発会議でのスピーチで“人間の幸せとは何か”を問いかけ、多くの人の心を動かしました。「普段の生活をしていてSDGsという言葉はあまり使わないものの、とどのつまりは、本当の幸せや心地良さって何だろうと考えることにつながりますよね。誰もがちゃんとわかっているはずなのに、そこに辿り着けていないのはなぜだろう、何がそれを拒んでいるんだろう。映画を見ることは、そんなふうに色々感じたり考えたりしながら、一人ひとりが自分なりの還るところを知っていくためのひとつの体験なんじゃないかと思っています」
暮らしのなかには、自分にとっては当たり前でも、誰かにとってはそうではないことがたくさんあります。生きている人の数だけ、一人ひとりにそれぞれの人生があります。感じ方や考え方、生まれ育った環境や立場も異なる人同士が関わり合いながら生きていくには、お互いの違いを認め合うことが必要不可欠です。多様な感性を持った人たちが、同じ空間で作品を共有できるこの映画館は、今まで見えていなかった世界を想像することの大切さを教えてくれます。
infomation
シネマ・チュプキ・タバタ
東京都北区東田端2-8-4
03-6240-8480
水曜定休
https://chupki.jpn.org/
平塚千穂子さんの著書
『夢のユニバーサルシアター』
平塚千穂子 著(読書工房)
※現在、新型コロナウイルス感染防止のために座席数を削減し、緊急事態宣言に伴い営業時間は20時までとしています。今後の上映作品や日程など変更となる場合がありますので、詳しくは劇場サイトをご確認ください。
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暮らしのなかのSDGs
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