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イラスト/江夏潤一
その7
未来を変える「買い物」
私たちの暮らしは、誰かが作ったもので成り立っています。食べるものや着るもの、家具や住まいにいたるまで、それらはすべて人の手によって生み出され、生活の一部になったり消えていったりします。
ここ数年で、“エシカル消費”といった言葉を耳にする機会も増えてきました。生活者にとって、日々の買い物はもっともシンプルで身近なアクション。だからこそ、一人ひとりの選択の積み重ねが社会を変える力にもなるのです。
インターネットでの買い物は便利ですが、リアルなお店での買い物はそこでしか得られない体験や出会いがあり、店主の顔が見えるのも大きな魅力です。お店は、作り手と使い手をつなぐ伝え手であり、地域の担い手であり、その街の風景を作っていく存在でもあるのではないでしょうか。
今回は、食と日用品と本のお店、「siki(シキ)」の池田さんにお話を伺いました。
東京・祐天寺駅からのんびりと歩くこと15分。閑静な住宅街を通り抜けると、白を基調とした小さなお店が見えてきます。お隣は老舗の鶏肉屋。平日の昼下がりの落ち着いた時間帯でありながら、この一角は活気があります。
「siki」がオープンしたのは2020年4月7日。この日は東京都で緊急事態宣言が発令された日でもあります。新型コロナウイルスの感染拡大による、社会の大きな変化の渦の中で産声を上げました。
「すごいタイミングでしたけど、もともと日にちは決めていたし、こんな時だからこそと予定通りオープンすることにしました。美味しくて体に優しい食材や、少しでも地球環境に良いものをお届けできたらと思って」。
お店に入ると、色とりどりの野菜がたくさん。ボードには、その日仕入れた野菜の名前が細かく書かれています。種採り野菜のほか、冬の時季とあって柑橘類も豊富です。そのほかにも調味料や食品、かごや木の道具に本など、さまざまなものが並びます。「スーパーのように年中同じものがあるわけではないので、端境期に入るとどうしても野菜の種類が少なくなるんですよね。そんなときでも楽しんでもらえるように、食品や日用品も扱っています」。
「単純に、私にとっても地域の人にとってもこの場所がなくなったら困ると思ったんです。それに、会社を辞めて1年ぐらい経っていたので、お店を始める場所を探そうとしていたタイミングでもありました」。
前職はコンサルティング会社で人事の仕事をしていた池田さんですが、自分のお店を持つことは、幼い頃からの夢でもありました。
必要な分だけ無駄なく買うことができる量り売り販売や、極力お店でのゴミを出さない仕組みを考えながらゼロウェイストにも挑戦。「お店を始めて1年足らずですが、“ここに来るようになってから、だんだんいろんなものが勿体無く感じてきた”と話してくれる方がいたり、お店用にと新聞紙を持ってきてくださる方がいたり、そういったお客様とのやり取りは、とてもありがたくうれしいですね」。
毎週水曜のお弁当の日は、9割のお客さんが弁当箱を持参してくるのだそう。「いつもは自分以外の人のお弁当を作るばっかりだから、人に詰めてもらうの久しぶり!って喜んでくださる方もいらっしゃいます(笑)。テイクアウトの容器じゃなくて、そういう小さな楽しさとともにゴミが減っていくのは良いですよね。前に読んだ『ゼロ・ウェイスト・ホーム』の中で翻訳者の服部雄一郎さんも仰っていましたが、できるところからゼロを目指すのが大事なんだなと思って」。
「私がワークショップで行なっていることは、夫のお母さんから教わったことも多いです。これも、お母さんが木の端材を彫って作った匙。木工の須田次郎さんの工房に行って教えてもらったそうで。私の母からは、食や味覚に対する影響は受けていると思いますね。シンプルな調理法で、野菜なんかも丸ごと食べたりすることが多かった気がします」。ワークショップには赤ちゃんをおんぶしながら参加する人もいるのだとか。今は2、3人と少人数で限られた日数での開催だけれど、状況が落ち着いたらみんなでワイワイ楽しくできたら。そんなふうに話します。
取材の後に、ふと、こんなことを話してくれました。「両親が転勤族だったこともあり、幼少期にイランのテヘランに住んでいたことがあるんです。日本食はとても貴重で、停電はしょっちゅう。車で街中を走っている時に伸びてくる子どもたちの手や瞳は、何というか力強くて、今でもよく思い出されます。私の “もったいない精神”はそこで生まれて、今につながっているのかもしれません」。大学時代は国際関係論を学んでいたこともあるという池田さん。世界や人とかかわり合うということを、頭のどこかで無意識に選んでいたのかもしれません。
お店の入り口で目に入りずっと気になっていた、“なんでもや”と書かれた看板のことを訊ねると、息子さんが書いたものなのだそう。1歳と4歳と6歳の、3人の男の子の母親でもある池田さん。「ちゃんとした看板がないから作ってとお願いしたら、書いてくれたのがこれなんです。お店の名前じゃないんだー(笑)、って思ったけど、よくよく考えたらなるほど。確かに」。先日、杖をついたおばあさんが、“台所のレンジフードって売ってない?”と訪ねてこられたそうで、さすがにお店では取り扱いがなかったものの、“今度買っておきますよ”と、買い物代行も引き受けたのだそうです。
田舎に比べて都会は近所付き合いが希薄なんていうのは、単なるイメージでしかないのかもしれません。あえてこの東京の真ん中で、街の小さな拠り所で在りたい。そんな思いで今日も、池田さんはお店に立っています。
ここ数年で、“エシカル消費”といった言葉を耳にする機会も増えてきました。生活者にとって、日々の買い物はもっともシンプルで身近なアクション。だからこそ、一人ひとりの選択の積み重ねが社会を変える力にもなるのです。
インターネットでの買い物は便利ですが、リアルなお店での買い物はそこでしか得られない体験や出会いがあり、店主の顔が見えるのも大きな魅力です。お店は、作り手と使い手をつなぐ伝え手であり、地域の担い手であり、その街の風景を作っていく存在でもあるのではないでしょうか。
今回は、食と日用品と本のお店、「siki(シキ)」の池田さんにお話を伺いました。
東京・祐天寺駅からのんびりと歩くこと15分。閑静な住宅街を通り抜けると、白を基調とした小さなお店が見えてきます。お隣は老舗の鶏肉屋。平日の昼下がりの落ち着いた時間帯でありながら、この一角は活気があります。
「siki」がオープンしたのは2020年4月7日。この日は東京都で緊急事態宣言が発令された日でもあります。新型コロナウイルスの感染拡大による、社会の大きな変化の渦の中で産声を上げました。
「すごいタイミングでしたけど、もともと日にちは決めていたし、こんな時だからこそと予定通りオープンすることにしました。美味しくて体に優しい食材や、少しでも地球環境に良いものをお届けできたらと思って」。
お店に入ると、色とりどりの野菜がたくさん。ボードには、その日仕入れた野菜の名前が細かく書かれています。種採り野菜のほか、冬の時季とあって柑橘類も豊富です。そのほかにも調味料や食品、かごや木の道具に本など、さまざまなものが並びます。「スーパーのように年中同じものがあるわけではないので、端境期に入るとどうしても野菜の種類が少なくなるんですよね。そんなときでも楽しんでもらえるように、食品や日用品も扱っています」。
地域の八百屋との出会いから
現在の店舗であるこの場所は、もともと自然栽培の八百屋でした。隣の鶏肉屋と一緒によく買い物にきていたこともあり、池田さんにとっては馴染みのある場所だったといいます。お店に通ううちにいろいろな話をするようになり、味噌づくりやしめ縄づくりなどのワークショップを主宰したこともありました。そしてある時、その八百屋が退去するという話を聞いた池田さんは、この場所を思い切って引き継ぐことに。「単純に、私にとっても地域の人にとってもこの場所がなくなったら困ると思ったんです。それに、会社を辞めて1年ぐらい経っていたので、お店を始める場所を探そうとしていたタイミングでもありました」。
前職はコンサルティング会社で人事の仕事をしていた池田さんですが、自分のお店を持つことは、幼い頃からの夢でもありました。
人や環境にできるだけいいもの、いいこと
sikiというお店では、八百屋としての役割も担いつつ、サステイナブルでエシカルな考え方にふれたり実践したりすることができます。店内に設置したマイクロプラスチックの回収びんやアップサイクルのアクセサリーなど、普段あまり目にする機会がなくても“こんなものがあるんだな”ぐらいに感じてもらえたら、と池田さん。お店という場には、訪れる人にとって新しい出会いやきっかけが転がっています。必要な分だけ無駄なく買うことができる量り売り販売や、極力お店でのゴミを出さない仕組みを考えながらゼロウェイストにも挑戦。「お店を始めて1年足らずですが、“ここに来るようになってから、だんだんいろんなものが勿体無く感じてきた”と話してくれる方がいたり、お店用にと新聞紙を持ってきてくださる方がいたり、そういったお客様とのやり取りは、とてもありがたくうれしいですね」。
毎週水曜のお弁当の日は、9割のお客さんが弁当箱を持参してくるのだそう。「いつもは自分以外の人のお弁当を作るばっかりだから、人に詰めてもらうの久しぶり!って喜んでくださる方もいらっしゃいます(笑)。テイクアウトの容器じゃなくて、そういう小さな楽しさとともにゴミが減っていくのは良いですよね。前に読んだ『ゼロ・ウェイスト・ホーム』の中で翻訳者の服部雄一郎さんも仰っていましたが、できるところからゼロを目指すのが大事なんだなと思って」。
手を動かすことで、ものづくりの背景にふれる
春夏秋冬、日本ならではの季節の楽しみ方があります。今の時期なら味噌仕込み、春から初夏にかけては染物や梅仕込み、秋には酵素シロップ、冬はダーニングやしめ縄づくり。一年を通じて開かれる多彩なワークショップもsikiの特徴のひとつ。何でも簡単に手に入る時代だからこそ、自らの手で手間ひまかけて作ってみる。自分でつくることで、ものづくりの背景を少しだけ知ることができる。そうすると、今まで見ていたものの見え方が変わってくるのだとも言います。「私がワークショップで行なっていることは、夫のお母さんから教わったことも多いです。これも、お母さんが木の端材を彫って作った匙。木工の須田次郎さんの工房に行って教えてもらったそうで。私の母からは、食や味覚に対する影響は受けていると思いますね。シンプルな調理法で、野菜なんかも丸ごと食べたりすることが多かった気がします」。ワークショップには赤ちゃんをおんぶしながら参加する人もいるのだとか。今は2、3人と少人数で限られた日数での開催だけれど、状況が落ち着いたらみんなでワイワイ楽しくできたら。そんなふうに話します。
Think Globally, Act Locally.
どんな人が作ったものを、誰から買うのか。買い物のなかで自分の選定基準を考えることは、選挙で投票する行為とも似ています。消費が変われば社会は変わる。池田さんはそう考えています。sikiのコンセプトでもある“Glocal”は、グローバルに考えながら、ローカルでアクションするということ。身近なところと遠いところは、どこかで必ずつながっているものです。取材の後に、ふと、こんなことを話してくれました。「両親が転勤族だったこともあり、幼少期にイランのテヘランに住んでいたことがあるんです。日本食はとても貴重で、停電はしょっちゅう。車で街中を走っている時に伸びてくる子どもたちの手や瞳は、何というか力強くて、今でもよく思い出されます。私の “もったいない精神”はそこで生まれて、今につながっているのかもしれません」。大学時代は国際関係論を学んでいたこともあるという池田さん。世界や人とかかわり合うということを、頭のどこかで無意識に選んでいたのかもしれません。
街の“なんでもや”で在りたい
「今はこれが旬だよ」「今日は良いのが入ったよ」。お店の人との何気ないやり取りや、買い物をしなくても店の前を通るときに「こんにちは」と挨拶したり「元気?」と声をかけ合ったりするような。そんな街のお店として、街の風景として存在していたい。このお店には、そんな思いが込められています。お店の入り口で目に入りずっと気になっていた、“なんでもや”と書かれた看板のことを訊ねると、息子さんが書いたものなのだそう。1歳と4歳と6歳の、3人の男の子の母親でもある池田さん。「ちゃんとした看板がないから作ってとお願いしたら、書いてくれたのがこれなんです。お店の名前じゃないんだー(笑)、って思ったけど、よくよく考えたらなるほど。確かに」。先日、杖をついたおばあさんが、“台所のレンジフードって売ってない?”と訪ねてこられたそうで、さすがにお店では取り扱いがなかったものの、“今度買っておきますよ”と、買い物代行も引き受けたのだそうです。
田舎に比べて都会は近所付き合いが希薄なんていうのは、単なるイメージでしかないのかもしれません。あえてこの東京の真ん中で、街の小さな拠り所で在りたい。そんな思いで今日も、池田さんはお店に立っています。
information
siki(シキ)
東京都目黒区上目黒5-32-4
営業時間:火〜金 10:30~18:00、月曜 12:00~18:30
定休日:土・日・祝日
www.glocalhorse.com
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アノニマ・スタジオは、KTC中央出版の「ごはんとくらし」をテーマとしたレーベルです。食べること、住まうこと、子育て、雑貨・・・暮らしを少し豊かにしてくれる生活書を中心に、本づくりやイベントを行っています。
暮らしのなかのSDGs
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編/アノニマ・スタジオ定価 1650円(本体価格1500円)
持続可能な社会をつくるために、どうしたらいい? 経済、社会、環境、どれもが私たちの暮らしに結びついています。日常の場面から考える「SDGs思考」を身につけ、「SDGsの“ものさし”」を自分のなかに持つことができるアイデアブック。SDGs入門書としてもおすすめ。
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