アノニマ・スタジオWeb連載TOP > 暮らしのなかのSDGs もくじ > その16 消費ではなく循環を。コンポストで実現する「すてない暮らし」

イラスト/江夏潤一


その16

消費ではなく循環を。
コンポストで実現する
「すてない暮らし」


毎日捨てているごみは、はたして本当にすべて「ごみ」なのでしょうか? 日本の家庭から出る生ごみの量は、年間約1200万トンといわれています。生ごみは約80%が水分なので、焼却時にたくさんのエネルギーを必要とするにもかかわらず、まだまだ多くの人が捨てることに時間とエネルギーを費やしているのが現状です。
コンポストを利用すれば、野菜くずや果物の皮、茶がらやコーヒーかすなどといった生ごみが、数週間ほどで栄養価の高い堆肥へと生まれ変わります。今回は、初心者でも簡単に始められると話題の「LFCコンポスト」の開発者、ローカルフードサイクリング代表のたいら由以子ゆいこさんにお話を伺いました。




生ごみは「ごみ」じゃない
サステイナブルな都市型コンポスト

「都市部のベランダでコンポストを使っていると、“自然の一部を切り取った世界”みたいな感じなんですよね。1cm分の土ができるには約100年かかるといわれていますが、コンポストの場合は人間がせっせと栄養や酸素を与えて微生物を働かせるから、ものすごいスピードで循環が生まれるんですよ」。

コロナ禍において、なかなか思うように外へ出かけられない状況が続くなか、自宅のベランダでも始められるコンポストが人気を集めています。コンポストというと、気になるのはやはり臭いや虫の問題。集合住宅ではハードルが高く、難しそう……。そんなイメージを持つ人も少なくないはず。
それらの問題を解決したのが、NPO法人循環生活研究所の研究活動のもとに誕生した、ローカルフードサイクリング(Local Food Cycling:LFC)の「LFCコンポスト」。悪臭の発生を抑える独自の配合基材(生ごみと混ぜ合わせる原料)や虫の侵入を防ぐファスナー付きバッグなど、デザイン性に優れたエコプロダクトとしてメディアなどでも多く取り上げられています。
「使用感を大切にしながらも、都市部の生活にも馴染むようなスタイリッシュなデザインを意識しました。バッグ型にしたのは、コンポストの堆肥を持ち帰って野菜と交換する仕組みを作りたいと思っていたからなんです」。
容器に使う素材は、臭いが発生しにくい通気性の良いものにし、国内のペットボトルなどを素材とした再生生地をオーダーメイド。また、ユーザーの9割は初心者だといいますが、不安なことや聞きたいことがいつでもLINEで無料相談できる「LFCホットライン」や、定期的にコンポスト講座も開催しているので、始めてからのサポートも充実しています。
「ユーザーさんからは、ごみが減ることで臭いがなくなり、ごみ出しの回数も減って暮らしが快適になったというお声や、“生ごみってごみじゃなかったんだ!”というお話も印象に残っています。体験することで得られる意識の変化って大きいですよね」。

参考:コンポストとは?



こちらは「LFCガーデニングセット」。
生ごみの投入期間は3週間で、
これ一つでコンポストとガーデニングが楽しめる。
セットは2種類あり、
1〜3ヶ月間生ごみの投入が可能な「LFCコンポストセット」もある。



地域内で食を循環させる
“ローカルフードサイクリング”

小さなコミュニティ内で、誰でも参加できる食のサイクルを作ること。
2017年、循環生活研究所による新たなコミュニティコンポストの開発が大きな一歩となり、半径2km圏内での食の循環「ローカルフードサイクリング」という仕組みが誕生しました。生ごみで作った堆肥からおいしい野菜が育ち、栄養が地域で循環する暮らし。
たいらさんによれば、「自転車で回れる距離ということでサイクリング。その地域に暮らす人々が、自分たちで食べものを回すような仕組みにしたかったので“ing”を付けました。ロゴについては、みんながヴィーガンというわけではないし、これからは都市部でもニワトリを飼う時代になるだろうという考えのもと、真ん中にニワトリを入れました」。


コミュニティコンポストが画期的なのは、庭や畑を持っていない人が抱きがちな「できた堆肥の活用先がない」という悩みが解消されているところ。生ごみが堆肥化され、野菜となって食卓へと戻ってくるまでの食循環をダイレクトに体感できるのも大きな魅力です。堆肥の回収を行なったり、コンポストで作った堆肥で育てた野菜が届いたりする仕組みの延長には、いわゆるCSA(Community Supported Agriculture 地域支援型農業)の視点で、地域の農家の方と持続可能で有機的な関係性を築くための構想もあるようです。
現在、拠点がある福岡では3つの地域をモデルにコミュニティコンポストに取り組んでいて、コンポストを通じて、世代を超えたつながりやコミュニケーションが地域内で生まれています。詳しくは次回記事にて事例をご紹介しますので、是非ご覧ください。

安全な食べものはいったいどこに?

大学卒業後、たいらさんは証券会社に5年ほど勤務していました。バブルがはじけた年に就職したこともあり、そこで価値観が随分と変わったといいます。その後、結婚を機に福岡から大阪へ移り住んだものの、ある時、最愛のお父様が末期ガンであるという報せを受けます。
「父は生前、公務員として働いていましたが、作家を目指してもいました。それなのに、退職後まもなくして末期の肝臓ガンになってしまって。余命3ヶ月だったんです。私は父の看病をするため福岡に戻りました」。
日ごとに体調が悪くなっていくお父様の姿に焦りを感じ、たいらさん自身も精神的に追い込まれていきました。そんな時、大学時代の友人の「食養生という手段もあるから、一度やってみてはどうか」という言葉が、現在につながるきっかけとなります。

「当時、今から26年ほど前、無農薬野菜を手に入れることが私の最初のミッションだったんですけど、福岡市内じゅうを車で何時間も探し回っても全然ないんですよ。しかも、やっと見つけたものが古くて高いという状況。それまでの私は遊んでばかりで、経済のことは勉強していたけれど世の中のことを何も知らなかったんです。私たちが毎日食べているものが、どうやってできているかなんて、全く知らなかった」。




大切な人が教えてくれたこと

たいらさんがお父様のために実践した食養生は、いわゆる玄米菜食で、すりおろした野菜を1日3食とるというもの。安全な野菜が手に入らない時は、自らの手で畑を耕して野菜を栽培したり、人づてに教えてもらって食材を入手したりしながら、どうにか食事を保てるようになりました。するとお父様は次第に、目に見えて元気になっていったといいます。
「驚いたことに、一時的にガンが消えたんですよね。余命数ヶ月といわれていたのが2年間も生きられたんです。ただ、当時娘を背負いながら父の食事の世話をしていた私は、こんなに食材探しに苦労しているのに、この子たちは将来何を食べて生きていくんだろう?と不安でいっぱいになりました」。
自身が体験した食への危機感から、さまざまな活動を通して自分たちを取り巻く現状を調べていき、最終的に行き着いたのは「土が病んでいる」ということ。痩せた土壌に循環は生まれない。今の仕組みでは安全な野菜を手に入れることは難しい。そんなふうにも感じていました。
「高い野菜だけを買い続けていた時期があるのですが、こんなことは絶対に続けられないし、子どもの将来を考えたら何とかしなきゃいけないと思いました。知らなければ良かったんだけど、もう知ってしまったから。父が私に教えてくれたことは2つあります。今の暮らしのままでは持続不可能だということと、食べものと命はつながっているのだということ」。



昔ながらの日本の生活様式に学ぶ

今の暮らしと土を改善できる方法はないかと模索する日々。ある時、お母様から習ったダンボールコンポストが、たいらさんの人生を大きく変えることになります。
「生ごみはどんどん減るし、コンポストの堆肥を使ってできた野菜は、無農薬で化学肥料も使わないのにすごくおいしい。これが全てを解決できるんじゃないかということに気付いた時は、眠れないぐらいうれしかったですね」。
たいらさんは、母・波多野信子さんと青年団の仲間とともにNPOである循環生活研究所を立ち上げ、コンポストの研究や普及活動を開始。そこからさまざまな研究を重ね、20年以上を経てLFCコンポストが生まれました。

現代社会において、生ごみのほとんどは焼却処分されていますが、それは本来自然なこと。かつては人と自然が共生する循環型の暮らしを送っていました。農耕民族である日本人にとって、コンポストは昔ながらの大切な知恵。江戸時代まで遡ってみると、生ごみはもちろん糞尿までもが貴重な肥料の元だったといわれています。
「江戸時代は究極の循環型社会ですよね。それが都市化が進んで人口が増えたことによって、化学肥料や農薬を使った効率重視の農業が普及し、ごみが問題になって別途処分されるようになり、暮らしからどんどん循環がなくなっていきました。利便性を求めるあまり、いろんなことが分断されてしまい、何が起こっているのか見えにくくなってしまったんですよね」。
多くの人の課題を解決するためには、都市部を巻き込むことが重要なポイントでした。都会は生ごみの宝庫。要するに人口が集中しているぶん、もちろん出る生ごみも多い。それならば、栄養たっぷりの生ごみを捨てずに、コンポストに入れるところまでをワンプロセスにできないだろうかと考えたのです。




土にふれることで、世の中の解像度が上がる

コンポストを取り入れることは、SDGsのさまざまな目標を解決する方法に当てはまります。
まずは12番目の「つくる責任 つかう責任」。フードロスの削減は、食べものが作られる過程で使われる資源だけでなく、作り手の労力や時間、さらには思いといった見えない部分まで大切にすることにもつながります。また、生ごみを堆肥に循環させることは食べものへの再投資でもあるので、2番目の「飢餓をゼロに」にも関わってきます。さらにローカルフードサイクリングの仕組みでいえば、11番目の「住み続けられるまちづくりを」や17番目の「パートナーシップで目標を達成しよう」といった目標にも大きく貢献しているといえます。
「資源の輪がつながることで、さまざまなSDGsの目標にアプローチできるので、そういった意味でもコンポストは有効ですよね。スキルも上がるし意識も変わるし、次の行動にもつながるんです。生ごみという資源を自分で循環させることができる技術を普段からトレーニングすることは、社会で生きていくための術でもあります」。
LFCコンポストユーザーのアンケートでは、コンポストを始めた人の23%が新たにフードロスの問題に取り組んでいるという結果もあるようです。社会や自然環境、世の中を知ることは、土にふれるところから始まっていくのかもしれません。

また、コンポストを語るうえで欠かせないのが虫です。
「講座でいつも皆さんに話しているのは、虫は“コンポストのアイドル”だということ。苦手な方もいるとは思いますが、エドワード・O・ウィルソンの本にもあるように、この世から虫がいなくなったら、人間は2〜3ヶ月も生きられないんですよ。私たちは、自然環境の内側に人間活動があることを忘れがちです」。
都市部に日本の原風景を取り戻すことは難しくとも、コンポストを始める人が増えていき、あちこちで小さな食循環が生まれれば、それが新しい風景へと育っていくはずです。最後に、たいらさんはこのように話してくれました。
「私たちはこれからもただひたすらに、毎日の食卓においしくて顔が見える野菜があるということを現実化していきたいです。それから“パブリックヘルス”といって、地域の人たちが健康で過ごせるように、病気を予防したり病院に行く回数が減ったりということにつながることも目標にしています。自分の身近なところに目を向けて、できることを持続させるということが一番大切だと思っています」。




写真・画像提供:ローカルフードサイクリング




Profile

たいら由以子(たいら・ゆいこ)
ローカルフードサイクリング株式会社代表取締役。福岡市生まれ。
大学卒業後、証券会社に勤務。平成9年よりコンポスト活動を開始、平成16年、NPO法人循環生活研究所を設立、国内外にコンポストを普及。生ごみ資源100研究会を主宰、循環生活研究所理事、コンポストトレーナー、NPO法人日本環境ボランティアネットワーク理事などを務める。

https://lfc-compost.jp/








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