title/hyoutan

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 春夏秋冬を繰り返すたび、背比べをするように2匹は変化しました。もう、どちらがどちらかわかりませんでしたが、15年近くそんな暮らしが続いて、私は親元を離れました。
 あんなに日常だったかめたちのことも弟に任せたまま、時々実家に帰って、ごそごそいう音に気づく程度の付き合いになっていきました。それが、15年ぶりに今の我が家で世話をすることになったのです。弟に子供が生まれたのがきっかけでした。

 一方は甲羅が黒っぽく、もう一方は緑色でした。緑色のほうがすぐに顔をひっこめる仕草がかわいらしく、黒いほうは、どこ吹く風といった雄大な雰囲気をもっていました。緑のほうの子は皮膚病にかかっていました。
 30歳を過ぎて初めて、病院に連れて行きました。受付を訪ねると、ごく普通に「ああ、メスですね」、看護婦さんに言われました。私は人知れず動揺しました。
 実は、かめの性別について、何度か調べてはいたのです。つめの長さや目の横の模様、肛門でわかるとも言われますが、今ひとつ見分けられないままでした。
 あたふたしながら、そのとき待合室で話題にしていた友人の名を拝借して「アキ子」としました。病気のことより、彼女が30歳という事実に、先生側が興奮気味でした。新生「アキ子」の長寿の秘訣について克明にインタビューがなされ、質問と回答が立場逆転した空気が漂いました。

 今日からあんたの名前は「アキ子」にしたからね。おばあちゃんアキ子……。
 もう一匹が「かめた」なのか、「かめたろう」なのかわかりませんでしたが、その貫禄からオスであって欲しいと思いました。
「よい機会なので、この子の名前も一新しよう」
 これまた適当に「おじさん」としました。本当は「おじいさん」なんでしょうけど、それもなあ、ということで。男女のカップルになって第二の人生です。

 老カップルは昔より、見た目かなりシュールでした。
 ヘビのように眼光鋭く、頭はミートボールのように大きい。ぬめりのある皮膚はうろこのようです。手足はグローブのようにごつごつとして、長い爪は突き刺すように鋭利。ときどき、「きゃっ」とか「きゅっ」といってのどを鳴らします。ずうんと水中に身を沈めて伸び、目を瞑って静止している様子は、中年男性を思わせます。音もなくレンガの陸地に移動して、逆光の中、甲羅を日に傾けると、ブロンズ像のようなシルエットです。少ない動きで哀愁を漂わせるその姿は、何にも考えていなさそうでいて賢く見えるからズルイのです。

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