title/hyoutan

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 彼の顔をじいっと見ているうちに、学生時代に私が所属していた部(なんと、スキー部だったのですが)の後輩とよくつるんでいた、一人の男性の顔とぼんやり重なって見えました。私の学校は、小学校から持ち上がりの生徒も半分くらい混じっているようなところだったのですが、彼らが着ていたのは確か、付属校出身の男子が高校時代に揃いでオーダーしたというスタジアムジャンパー。茄子紺の生地と一体化した彼の顔が脳裏に浮かびました。
 ああこの人が、あのときの人なのかもなァ。
 でも、どんなに思い出そうとしても、ノートのことは記憶の闇の底に隠れたままでした。

「私、相当インパクト強く怒ったんですねえ、」
「すごかったんですよ。その友達を介して、僕のうちに電話してきたんです」
「覚えてないから状況わからないですし、今となってはどっちでもいいんですけど、まあ普通は怒りますよね。それ」
「テスト前だったし、返さないのは僕が悪かったんですけど、でも、女の人からはっきりモノを言われるのってあまりないことで。僕にとっては厳しい出来事だったんです」

 私の性格からして、それは単に、「戻ってこなかった」という事実に怒っただけで、相手がどんな人とかどんな事情があったとか、そんなことはどうでもよかったのだと思います。多分、貸したものが戻ってきた時点で、あっさり水に流してしまったんでしょう。
 でも、彼はそういうわけにはいかなかった。出来事そのものにダメージを受けてしまい、自分が悪いと思う一方で、多分、私に対してもあんまりじゃないかと思っていた。それで、謝ることもできなかった。とにかく、若い頃というものは、今なら簡単だと思えることがスムーズにいかなくて、誤解やすれ違いといったいざこざに発展してしまいがちであります。このときも、もぞもぞ話す男子にイラつく女子。男子が、やっとひとこと気持ちを言いかけたとしても、語調の強い女子の言葉が追いかぶさって、たちまち打ち消されてしまう。いつまでも覚えている男子。けろっと忘れて次に行く女子。そんな感じだったのだと思います。
 今考えると、一方的に怒ったりしないで相手の都合を聞けばよかったわけですが、そのときはそれで正義を主張したつもりだったのでしょう。相手と真剣に向き合うからこそ、強い物言いが出てくるわけですが、「人にモノを言う」ということは、それなりに責任を持たなくてはならないわけで。ともすると、知らない間に相手を傷つけてしまったりしているんだなあと、少々後悔したのでありました。


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