第1回 BRIXTON VILLAGE MARKETの猫
ロンドンの中心部から、地下鉄で15分ほど、
南へ下ったところにあるブリクストン。
「あそこは行かない方がいいよ」と、
ロンドンに来たてのころ、友達によく言われた。
治安の良くないところだから、と。
まるで、ドラッグディーラーとギャングスターしか
歩いていないかのような脅かしぶりに、恐れをなしたわけではないけれど、
飲んだ帰りに、深夜バスで寝過ごして、
夜中の3時にブリクストンで目が覚めた時は、体が震えた。
来た道を戻るバスがやってくるまで、
生きた心地がしなかったのを覚えている。
怖かったはずなのに「寝過ごしてブリクストン」事件は、
当時住んでいたフラットを引っ越して、バス路線が変わるまで、
わりと度々繰り返された。
(とてもうかつなことなので、絶対にお勧めしません)
そんなブリクストンが、ここのところ、素敵に変貌を遂げ、
週末のお出かけスポットとして人気なのだという。
1930年代から続くアールデコ様式の美しいアーケード市場は
ひととき閑散として寂れていた期間があったものの、
行政のてこ入れにより、
小さなヴィンテージショップや、かわいらしいカフェがオープン。
メキシカン、フレンチビストロ、ジャークチキン、それにお好み焼き(!)といった
世界の味を楽しめるレストランも並び、
お腹はひとつしかないのが、もったいなくなってしまうくらい
なんとも美味しいマーケットに生まれ変わった。
ミミは、そのブリクストン・ヴィレッジ・マーケットに住んでいる、
ふくふくとしたオレンジ色の雌猫。
80年代からお店を構えているというシエラレオネの食材店を
ねぐらにしているけれど、大好きな人は
「ブリクストン・コーナコピア/Brixton Cornercopia」のオーナーシェフ。
入り口の隅に、キャットフードがいつも置いてあるから、
立ち寄るたびに、足下ですりすりするのを忘れない。
「アフリカン・クィーン・ファブリック/African Queen Fabrics」のお店にある
織物のラグの上で大きく伸びをしてみたり、
お魚屋さんのご機嫌伺いに行ってみたり。
各テーブルにトースターが置いてあるベーカリーカフェ
「ブレッド・エトセトラ/Breads Etcetera」では、
お客さんのとなりのソファーで、のんきに昼寝。
ふらりとやって来た野良猫を、
なんとなくみんなで世話しているのだと、
警備員のジョーが教えてくれた。
ロンドンにはねずみがたくさんいるし、
あちこちで、可愛がってもらえるとはいえ、
あなたもけっこう忙しいんじゃない?と聞いてみると、
通路の真ん中で、ごろりと横になって目を閉じた。
「テナントが多いからたいへんなのよ」 とでもいうように。
いつもパトロールおつかれさま。